っかりと机が飛びだしてくることも、夢の中だから、あったとて別に不思議はないのだ。
 ――銃口を左の肩にあてがい、狙いを定めて、静かに肩を左に廻してゆく。男と女とは、小声ながら、呼吸をはずませて云い争っている。若い女の、なんというか恨《うら》み死《じに》するような感能的な鼻声が聞えた。……
「そこだっ、――こん畜生!」
 乃公はピストルの引金をひいた。
 どーン。
「きゃーッ。……」
 魂切る悲鳴が、部屋をひき裂かんばかりに起った。
 ――見れば女は、片手で肩のあたりを抑えどうと絨毯の上に倒れたが、もう一方の腕をしきりに動かして、手あたりしだい掻き※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12]《むし》っているのだった。
「どうしたんだろう?」
 乃公は不審に思って、射殺した筈の女の方へ近づいた。女はまだ死にきってはいなかった。しかし見る見る気力が衰えてゆくのがはっきりと判った。肩先にあてていた真赤な血の染《そ》んだ手が徐々に下に滑り落ちてゆくと、傷口がぱくりと開いて、花が咲いたように鮮血がぱっとふきだした。ひたひたと女の四肢が震えたかと思うと、やがてぐったりと身体を床に落として、そして遂に動かなくなってしまった。
「いやに深刻な最後を演じたもんだ」
 乃公はあざ笑いながら、近よって女の腰を蹴った。女は睡っているように、動かなかった。それから乃公は頭の方へ廻って、女の顔を覗きこんだ。
「おや?」
 例の昔|識《し》りあった愛人だとばかり思っていた乃公は、女の横顔をみてはっとした。
「人違い……だっ」
 乃公はハッと胸を衝《つ》かれたように感じたのだった。駭《おどろ》いて女の首を抱きあげて、その死顔を向けてみた。
「呀《あ》ッ、これは……」
 なんというひどい人違いをしたものだ。昔の愛人だとばかり思ったが、それが大違いで、その死体の女は、紛れもなく兄弟同様に親しくしている或る友人の妻君だったではないか!
「し、しまった!」
 乃公は思わず歯を喰いしばった。どうしてこれに気がつかなかったことであろう。その妻君を射殺してしまうなんて、人殺しという罪も恐ろしいには違いないが、それよりもかの親しい友人に、なんといって謝ったらばいいだろうか。
 その妻君は、実に感心な女なのだった。その連れあいというのが、乃公とは随分と親しい仲ではあったが、この頃だいぶん妙な噂を耳にするのであった。
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