《おどろ》いた顔もせずに、静かに口を切りました。
「どうしたんです」
「いえ、彼奴《あいつ》の入っている容器を真空にしたのがいけなかったんです」
「なぜッ」
「真空は、彼奴の住む月世界《げっせかい》の状態そっくりです。だから弱っている彼奴は、たちまち元気になって、器《うつわ》を破って逃走したのです。ああ、失敗失敗」
こんなわけで、折角《せっかく》生捕《いけど》ったたった一匹のルナ・アミーバーでありましたが、惜しくも天空《てんくう》に逸《いっ》し去ってしまったのです。
いやはや、残念なことでありましたが、谷村博士を責《せ》めるのもどうかと思います。ルナが逃げてしまったのですから、「崩れる鬼影」について私の申上げる話の種も、もうなくなりました。
底本:「海野十三全集 第8巻 火星兵団」三一書房
1989(平成元)年12月31日第1版第1刷発行
初出:「科学の日本」博文館
1933(昭和8)年7月〜12月号
入力:tatsuki
校正:土屋隆
2005年11月23日作成
青空文庫作成ファイル:
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