というとあれは人間じゃないの」
「人間ではない。人間はあんなに身体が透《す》きとおるなんてことがないし、それから身体がクニャクニャで大きくなったり小さくなったり出来るものか。また足を地面につかないで力を出すなんておかしいよ。とにかく地球の上に棲《す》んでいる生物に、あんな不思議なものはいない筈《はず》だ」
「じゃ、もしや火星からやって来た生物じゃないかしら」
「さアそれは今のところ何とも云えない。これぞという証拠《しょうこ》が一つも手に入っていないのだからネ」
 そういって兄は首を左右にふりました。そのとき私の頭脳の中に、不図《ふと》浮《うか》び出たものがありました。
「あッ、そうだ。その証拠になるものが一つあるんですよ」
「えッ。何だって?」
「証拠ですよ」と云いながら私は大事にしまってあった手帛《ハンカチ》の包みをとり出しました。「これを見て下さい。兄さんが気を失った室の硝子《ガラス》窓のところで発見したのですよ。硝子の壊《こわ》れた縁《ふち》に引懸《ひっか》かっていたのですよ。ほらほら……」
 そういって私は、あの白い毛のようなものを取り出して兄に見せると共に、発見当時の一伍一什《いちぶしじゅう》を手短かに語りました。
「ふふーン」兄は大きい歎息《ためいき》をついて、白木警部のさし出す懐中電灯の下に、その得態《えたい》の知れない白毛《しらげ》に見入りました。
「一体なんです。化物が落していったとすると、化物の何です。頭に生えていた白毛ですか」
「イヤそんなものじゃありません。――これはいいものが手に入りました。御覧なさい。これは毛のようで毛ではありません。むしろセルロイドに似ています。しかしセルロイドと違って、こんなによく撓《たわ》みます。しかも非常に硬《かた》い。こんなに硬くて、こんなによく撓むということは面白いことです。覚えていらっしゃるでしょうネ。あの化物の身体は、自由に伸《の》び縮《ちぢ》みをするということ、そして透明だということ、――これがあの化物の皮膚の一部なのです」
「皮膚の一部ですって!」
「そうです。化物が硝子《ガラス》窓を破って外へ飛びだしたときに、剃刀《かみそり》よりも鋭い角のついた硝子《ガラス》の破片《はへん》でわれとわが皮膚を傷つけたのです。そして剥《む》けた皮膚の一部がこの白毛《しらげ》みたいなものなのです。いやこれは中々面白いことになってきましたよ」
 兄はひとりで悦《えつ》に浸《ひた》っていました。


   化物追跡戦《ばけものついせきせん》


「とにかく此《こ》の白毛みたいなものを早速《さっそく》東京へ送って分析して貰うことにしましょう。分析して貰えば、これが地球上に既に発見されているものか、それとも他のものか、きっと見分けがつくと思いますよ」
「なるほど、なるほど。いいですね」と白木警部は大きく肯《うなず》きました。
 そのとき先頭に駆《はし》っている自動車から、ポポーッ、ポポーッと警笛《けいてき》が鳴りひびきました。
「なんだ」
「イヤ警部どの、もう小田原へ入りましたが、ちょっと外を御覧下さい」
「うむ――」
 警部さんにつづいて私達も外を覗《のぞ》いてみました。両側の家は、停電でもしているかのように真暗《まっくら》です。しかしヘッド・ライトに照らされて街並《まちなみ》がやっと見えます。ああ、何たる惨状《さんじょう》でしょうか。
「うむ、これはひどい!」
「まるで大地震《おおじしん》の跡のようだッ」
「おお、向うに火が見えるぞ」
 近づいてみると、それは町の辻《つじ》に設《もう》けられた篝火《かがりび》です。青年団員やボーイスカウトの勇しい姿も見えます。――警官の一隊がバラバラと駈けて来ました。
「どッどうした」白木警部は手をあげて怒鳴《どな》るように云いました。
「やあ、警部どの」と頤髯《あごひげ》の生《は》えた警官が青ざめた顔を近づけました。「やっと下火《したび》になりました。その代り、小田原の町は御覧のとおり滅茶滅茶《めちゃめちゃ》です」
「二人の怪人というのはどうした」
「決死隊が追跡中です。小田原駅の上に飛びあがり、暗い鉄道線路の上を東の方へ逃げてゆきました」
「そうか、じゃ私達も行ってみよう」
 自動車は更《さら》にエンジンをかけて、スピードを早めました。自動車に仕掛けてあるサイレンの呻《うな》りが、情景を一層|物凄《ものすご》くしました。どんどん飛ばしてゆくほどに、とうとう小田原の町を外《はず》れて、線路と並行になりました。生《なま》ぐさい草の香《か》が鼻をうちます。
「どうだ、見えないか」と警部は大童《おおわらわ》です。
「さアまだ見えませんが……呀《あ》ッ呀《あ》ッ、居ました、居ましたッ」
「どこだ、どこだッ」
「いま探照灯《たんしょうとう》をそっちへ廻しますか
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