ら……」
運転台のやや高いところに取りつけてあった探照灯がピカリと首を動かすと、なるほど線路上にフワフワと跟《よろ》めきながら東の方へ走っている二つの白い人影がクッキリ浮かび出ました。一人の方は剣を吊っているらしく、ときどきピカピカと鞘《さや》らしいものが閃《ひらめ》きます。
「居た、居た、あれだッ」と兄が叫びました。
「追跡隊はどうしたのだ。――うん、あすこの線路下に跼《うずくま》っている一隊に尋《たず》ねてみよう」
警部さんは汗《あせ》みどろになっての指揮《しき》です。
「オーイ、どうして追駆《おいか》けないのだ。元気を出せ、元気を――」
「いま最後の一戦をやるところです。見ていて下さい。駅の方から機関車隊が出動しますから……」
「ナニ、機関車隊だって……」
その言葉が終るか終らぬ裡《うち》に、ピピーッという警笛《けいてき》が駅の方から聞えました。オヤと思う間もなく、こっちに驀進《ばくしん》してきた一台の電気機関車、――と思ったが一台ではないのでした。二ツ、三ツ、四ツ。機関車が四つも接《つな》がって驀進してゆきます。
なにをするのかと見ていると、上《のぼ》り線と下《くだ》り線との両道を機関車は二列に並んで、二人の怪人に迫ってゆくのでした。いまにも二人の怪人は車輪の下にむごたらしく轢《ひ》き殺《ころ》されてしまいそうな様子に見えました。
「あッ」
と私はあまりの惨虐《ざんぎゃく》な光景に目を閉じました。
隧道合戦《トンネルかっせん》
しかしながら恐《こわ》いもの見たさという譬《たと》えのとおり、私はこわごわそッと目を開《あ》いてみました。すると、ああ、なんという不思議なことでしょう。猛然《もうぜん》と突進《とっしん》していった筈《はず》の機関車が、急に速力も衰《おとろ》え、やがて反対にジリジリと後へ下ってくるのでありました。見ると、驚いたことに例の二人の怪人が、機関車の前に立って後へ押しかえしているのです。なんという恐ろしい力でしょう。それは到底《とうてい》人間業《にんげんわざ》とは思われません。機関車はあえぎつつ、ジリジリと下ってくる一方です。
そのときピピーッと汽笛が鳴ると、こんどは機関車の方が優勢になったものか、逆に向うへジリジリと押しかえしてゆきます。怪人は機関車の前に噛《かじ》りついたまま押しかえされてゆきます。まるで怪人と機関車の力較《ちからくら》べです。しかし私はそのとき、変な事を発見しました。それは怪人の足が地上についていないということです。地上に足がつかないでいて、どうしてあのような力が出せるのでしょう。これは一向《いっこう》腑《ふ》に落《お》ちません。
「もしや……」
とそのとき気のついた私は、探照灯の光の下に、尚も怪人の身体を仔細《しさい》に注意して見ました。
「おお、思ったとおりだッ」
私は思わず大きい声を立てました。怪人の身体は機関車にピタリと密着していないのです。怪人の身体と機関車との間には、三十センチほどの間隙《かんげき》があきらかに認められました。前に兄が谷村博士邸で、天井に逆《さかさ》にぶら下っていたとき、私は下から洋書を投げつけたことがあります。あのとき、どうしたものか、投げた洋書は兄の身体に当らずして、いつも三十センチほど手前でパッと跳《は》ねかえるのでした。何か兄の身体の上に三十センチほどの厚さのものが蔽《おお》っている――としか考えられない有様《ありさま》でした。あとから兄に聞いたところによれば、あのとき兄は化物に胴中《どうなか》をギュッと締められているように感じたという話でした。
では、この場合、あの機関車を後へ押しているのは、あの怪人だけではなく、あの怪人に纏《まと》いついている化物の仕業《しわざ》ではありますまいか。イヤそうに違いありません。やっぱりあの化物です。しかし化物がどうして怪人と力を合わせているのでしょうか。
「何が思ったとおりだ」と兄が尋《たず》ねました。
「やっぱりあの化物が機関車を前から押しかえしているのですよ」
「ほう、お前にそれが解るか」
私はそのわけをこれこれですと、手短《てみじ》かに兄に話をしてきかせました。
ジリジリと機関車は尚《なお》も怪人を押しかえしてゆきました。そして機関車はとうとう、隧道《トンネル》の入口にさしかかりました。それでも機関車はグングン押してゆきます。怪人の姿は全く見えなくなりました。隧道の中に隠れてしまったのです。
そうこうしているうちに、突如《とつじょ》として耳を破るような轟然《ごうぜん》たる大音響《だいおんきょう》がしました。同時に隧道の入口からサッと大きな火の塊《かたまり》が抛《ほう》りだされたように感じました。
グォーッ。ガラガラガラガラ。
天地も崩れるような物音とはあのときのこ
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