官たちは例の池のところに、何か協議を開いていました。私は兄を紹介する役目になりました。
「いや皆さん、私まで御心配かけまして」と兄は挨拶《あいさつ》をしました。「ときに警官の方が一人見えないそうですね」
「黒田という者ですがネ。これ御覧なさい。この足跡がそうなんですが、黒田君は途中で突然身体が消えてしまったことになるので、今|皆《みんな》と智慧を絞《しぼ》っているのですが、どうにも考えがつきません」
「突然身体が消えるというのは可笑《おか》しいですネ。見えなくなることがあったとしても足跡は見えなくならんでしょう。矢張り泥の上についていなければならんと思いますがネ」
「それもそうですネ」
「僕の考えでは、黒田さんは、私を襲ったと同じ怪物に、いきなり掠《さら》われたんだと思いますよ。あの怪物が、追っかけた黒田さんの身体を掴《つかま》え、空中へ攫《さら》いあげたのでしょう。黒田さんの身体は宙に浮いた瞬間、足跡は泥の上につかなくなったわけです。それで理窟《りくつ》はつくと思います」
「なるほど、黒田君が空中にまきあげられたとすればそうなりますネ。しかし可笑しいじゃないですか」と警部はちょっと言葉を停めてから「それだと黒田君の足跡のある近所に怪物の足跡も一緒に残っていなければならんと思いますがネ」
「さあそれは今のところ僕にも判らないんです」と兄は頭を左右に振りました。
 そのとき家の方にいた警官が一人、バタバタと駈け出してきました。
「警部どの、警部どの」
「おお、ここだッ。どうした」
 ソレッというので、先程の異変に懲《こ》りている警官隊は、集まって来ました。
「いま本署に事件を報告いたしました。ところが、その報告が終るか終らないうちに、今度は本署の方から、怪事件が突発したから、警部どの始め皆に、なるべくこっちへ救援《きゅうえん》に帰って呉《く》れとの署長どのの御命令です」
「はて、怪事件て何だい」
「深夜の小田原《おだわら》に怪人が二人現れたそうです。そいつが乱暴にも寝静まっている小田原の町家《ちょうか》を、一軒一軒ぶっこわして歩いているそうです」
「抑えればいいじゃないか」
「ところがこの怪人は、とても力があるのです。十人や二十人の警官隊が向っていっても駄目なんです。鉄の扉《ドア》でもコンクリートの壁でもドンドン打ち抜いてゆくのです。そして盛んに何か探しているらしいが見付からない様子だそうで、このままにして置くと、小田原町は全滅の外《ほか》ありません。直ぐ救援に帰れということです」
「その怪人の服装は?」
「それが一人は警官の帽子を着た老人です。もう一人は白い手術着のような上に剣をつった男で、何だか見たような人間だと云ってます。異様《いよう》な扮装《いでたち》です」
「なに異様な扮装。そして今度は顔もついているのだナ」
「失礼ですが」と兄が口を挟《はさ》みました。「どうやら行方不明の谷村博士と黒田警官の服装に似ているところもありますネ」
「そうです。そうだそうだ」警部は忽《たちま》ち赤くなって叫びました。「じゃ現場へ急行だ。三人の監視員の外《ほか》、皆出発だ。帆村さん、貴方も是非《ぜひ》来て下さい」
 ああ、変な二人の怪人は、小田原の町で一体何を始めたのでしょう。例の化物はどこへ行ったでしょう。奇怪なる謎は解けかけたようで、まだ解けません。


   重大な手懸《てがか》り


「帆村さん、身体の方は大丈夫ですか」
 警官隊の隊長白木警部はそういって私の兄を優しくいたわってくれました。
「ありがとう。だんだんと元気が出てきました。僕も連れてっていただきますから、どうぞ」
「どうぞとはこっちの言うことです。貴方《あなた》がいて下さるので、こんなひどい事件に遭《あ》っても私達は非常に気強くやっていますよ」
 そこで私達も白木警部と同じ自動車の一隅《いちぐう》に乗りました。私達の自動車は先頭から二番目です。警笛《けいてき》を音高くあたりの谷間に響《ひび》かせながら、曲り曲った路面の上を、いとももどかしげに、疾走《しっそう》を始めました。
「兄さん」と私は荘六《そうろく》の脇腹《わきばら》をつつきました。
「なんだい、民ちゃん」と兄は久しぶりに私の名を呼んでくれました。
「早く夜が明けるといいね」
「どうしてサ」
「夜が明けると、谷村博士のお邸《やしき》にいた化物どもは、皆どこかへ行ってしまうでしょう」
「さア、そううまくは行かないだろう。あの化物は、あたりまえの化物とは違うからネ」
「あたりまえの化物じゃないというと……」
「あれは本当に生きているのだよ。たしかに生物《せいぶつ》だ。人間によく似た生物だ。陽《ひ》の光なんか、恐《おそ》れはしないだろう」
「すると、生物《いきもの》だというのは、確かに本当なんだネ、兄さん。人間によく似た
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