ムズさせていましたが、大きい嚔《くさめ》を一つするとパッと眼を開きました。
「こン畜生」
兄は其《そ》の場《ば》に跳《は》ね起きようとしました。
「やあ気がつきましたネ。もう大丈夫。まァまァお静かに寝ていらっしゃい」
医者は兄の身体を静かに抑えました。
「おお、兄さん――」
私は兄のところへ飛びついて、手をとりました。不思議にもう熱がケロリとなくなっていました。
「やあ、お前は無事だったんだネ。兄さんはひどい目に遭《あ》ったよ」
兄は医者に厚く礼を云って、まだ起きてはいけないかと尋《たず》ねました。医者はもう暫《しばら》く様子を見てからにしようと云いました。
その間に、私が見たいろいろの不思議な事件の内容を兄に説明しました。
「そうかそうか」だの「それは面白い点だ」などと兄はところどころに言葉を挟《はさ》みながら、私の報告を大変興味探そうに聞いていました。
「兄さん。この家は化物の巣なのかしら」
「そうかも知れないよ」
「でも、化物なんて、今時《いまどき》本当にあるのかしら」
「無いとも云いきれないよ」
「どうも気味の悪い話ですが」と小田原病院の医師《いし》が側から口を切りました。「ここの谷村博士の研究と何か関係があるのではないでしょうか。博士と来たら、二十四時間のうち、暇《ひま》さえあれば天体を覗《のぞ》いていられるのですからネ。殊《こと》に月の研究は大したものだという評判です」
「月の研究ですって」と兄は強く聞き返しました。今夜も大変月のいい夜でありました。
「博士が空中を飛んだり、あの窓から眼に見えないそして大きなものが飛び出したり、それから洋服の化物のようなものがウロウロしていたり、あれはどこからどこまでが化物なのかしら」
「それは皆化物だろう」
「兄さんは化物を本当に信じているの」
「化物か何かしらぬが、僕がこの室で遭《あ》ったことはどうも理屈に合わない。あれは普通の人間ではない。眼には見えない生物が居るらしいことは判る。しかし月の光に透《す》かしてみると見えるんだ。僕はこの部屋に入ると、いきなり後からギュッと身体を巻きつけられた。呀《あ》ッと思って、身体を見ると、何にも巻きついていないのだ。しかし力はヒシヒシと加わる。僕は驚いてそれを振り離そうとした。ところがもう両腕が利《き》かないのだ。何者かが、両腕をおさえているのだ。僕は仕方なしに、足でそこら中《じゅう》を蹴っとばした。すると何だか靴の先にストンと当ったものがある。しかし注意をしてそこらあたりを見るが、何にも見えないことは同じだった。そのうちに、呀ッと思う間もなく、僕の身体は中心を失ってしまった。身体が斜《なな》めに傾《かたむ》いたのだ。僕はズデンドウと尻餅《しりもち》をつくだろうと思った。ところが尻餅なんかつかないのだ。身体は尚《なお》も傾いて身体が横になる。そこで僕はもう恐怖に怺《こら》えきれなくなって、お前を呼んだのだ」
「ああ、あのときのことですネ」
「すると今度はイキナリ宙ぶらりんになっちゃった。足が天井《てんじょう》にピタリとついた。不思議な気持だ。尚も叫んでいると、今度は頸《くび》がギュウと締まってきた。苦しい、呼吸が出来ない――と思っているうちに、気がボーッとしてきてなにが何だか、記憶が無くなってしまった。こんな不思議なことがまたとあろうか」
と兄は始めて、この博士の室で遭《あ》ったという危難《きなん》について物語りました。
「眼に見えない生物が、兄さんに飛びかかったんだ」
「そうだ。そう考えるより仕方がない。僕はお医者さまが許して下されば、もっと検《しら》べたいことが沢山あるんだ……」
「そうですネ」と医者は時計を見ながら云いました。「大分元気がおよろしいようですが、では無理をしないように、すこしずつ動くことにして下さい」
「じゃ、もう起きてもいいのですネ」
兄は嬉しそうに身体を起しました。そして両腕を体操のときのように上にあげようとして、ア痛タタと叫びました。
二人連れの怪人
兄は元気になって、谷村博士の老夫人を見舞いました。
「まア、貴郎《あなた》までとんだ目にお遭《あ》いなすってお気の毒なことです」
と老婦人は泪《なみだ》さえ浮べて云いました。
「おや、あれはどうしたのです」
兄は内扉の向うが、乱雑にとりちらかされてあるのを見て、老婦人に尋《たず》ねました。
「あれは衣服室なのです。それが貴郎、ゾロゾロ動き出して、まるで生物のように此の室を匍《は》い廻ったんです」
「ああ、あの一件ですネ。するとあの洋服はすべて先生と奥様のだったというわけですね」
老婦人は黙って肯《うなず》きました。
「いや、それですこし判って来たぞ」
「どう判ったの、兄さん」
「まア待て――」
兄はそれから庭へ下りてゆきました。警
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