躙《にじ》り出てゆきます。息づまるような緊張です。
「オヤオヤ」
戸口のところまで達すると、警部は意外な感に打たれて身を起しました。
「どうしましたどうしました」
私も警官たちと一緒にガタガタと靴を鳴らして戸口へ飛び出しました。外は水を打ったように静かな眺《なが》めです。月光は青々と照《て》り亙《わた》り、虫がチロチロと鳴いています。まるで狐に化かされたような穏《おだや》かな風景です。
「居ないようだネ」と警部が云いました。その声から推《お》して大分《だいぶ》落着《おちつ》いてきたようです。「では全員集まれッ」
全員は直ちにドヤドヤと整列しました。私は恥《はず》かしかったので、横の方で気を付けをしました。
「番号ッ」
一、二、三、……と勇しい呼び声。
「オヤ、一人足りないじゃないか」
「一人足らん。誰が集まらんのだろう」
警官たちは不思議そうに、お互《たが》いの顔をジロジロ眺めました。
「ああ、あの男が居ない。黒田君が居ない」
「そうだ、黒田君が見えんぞ」
黒田君、黒田クーンと呼んで見たが、誰も返事をするものがありません。
「これは穏《おだや》かでない。では直《ただ》ちに手分けして黒田を探してこい。進めーッ」
警部は命令を下しました。一同はサッと其《そ》の場《ば》を散りました。家の中に引かえすもの、門の方へ行くもの、木立《こだち》の中へ入るもの――僚友《りょうゆう》の名を呼びつつ大捜索《だいそうさく》にかかりました。しかし黒田警官の姿は何処《どこ》にも見当りません。
「警部どの、見当りません」
「どうも可笑《おか》しいぞ。どこへ行ったんだろう」
そうこうしているうちに、庭の方を探しに行った組の警官が、息せき切って馳《は》せ帰《かえ》ってきました。
「警部どの。向うに妙な場所があります」
「妙な場所とは」
「池がこの旱魃《かんばつ》で乾上《ひあが》って沼みたいになりかかっているところがあるんです。その沼へ踏みこもうという土の柔《やわらか》いところに、格闘《かくとう》の痕《あと》らしいものがあるんです。靴跡が入《い》り乱《みだ》れています。あんなところで、誰も格闘しなかった筈《はず》なんですが、どうも変ですよ」
「そうか、それア可笑しい。直《す》ぐ行ってみよう」
警部さんはその警官を先頭に、急いで乾上った池のところへ駈けつけてみました。
なるほど入り乱れた靴の跡が、点々として柔い土の上についています。
警部さんは、懐中電灯をつけて、その足跡を検《しら》べ始めました。
「オヤこれは変だな。足跡が途中で消えているぞ」
「消えているといいますと」
「ほら、こっちから足跡がやってきて、ほらほらこういう具合にキリキリ舞いをしてサ、向うへ駈け出していって、さア其処《そこ》で足跡が無くなっているじゃないか」
「成《な》る程《ほど》、これア不思議ですネ」
「こんなことは滅多《めった》にないことだ。おお、ここに何か落ちているぞ。時計だ。懐中時計でメタルがついている。剣道|優賞牌《ゆうしょうはい》、黒田選手に呈《てい》す――」
「あッ、それは黒田君のものです。それがここに落ちているからには……」
「うん、この足跡は黒田君のか。黒田君の足跡は何故ここで消えたんだろう?」
蘇生《そせい》した帆村探偵《ほむらたんてい》
そのとき、門の方に当って、けたたましい警笛《けいてき》の音と共に、一台の自動車が滑《すべ》りこんできました。
「何者かッ」
というんで、自動車の方へ躍《おど》り出てみますと、車上からは黒い鞄《かばん》をもった紳士が降りてきました。待ちに待った小田原病院《おだわらびょういん》のお医者さんが到着したのです。
「なァーンだ」
警官は力瘤《ちからこぶ》が脱《ぬ》けて、向うへ行ってしまいました。私はそのお医者さまの手をとらんばかりにして、兄の倒れている二階の室へ案内しました。
兄は依然《いぜん》として、長々と寝ていました。医者は一寸《ちょっと》暗い顔をしましたが、兄の胸を開いて、聴診器《ちょうしんき》をあてました。それから瞼《まぶた》をひっくりかえしたり、懐中電灯で瞳孔《どうこう》を照らしていましたが、
「やあ、これは心配ありません。いま注射をうちますが、直《す》ぐ気がつかれるでしょう」
小さい函《はこ》を開いて、アンプルを取ってくびれたところを切ると、医者は注射器の針を入れて器用に薬液《やくえき》を移しました。そして兄の背中へズブリと針をさしとおしました。やがて注射器の硝子筒《ガラスとう》の薬液は徐々に減ってゆきました。その代りに、兄の顔色が次第に赤味《あかみ》を帯《お》びてきました。ああ、やっぱり、お医者さまの力です。
三本ばかりの注射がすむと、兄は大きい呼吸を始めました。そして鼻や口のあたりをムズ
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