か、黄色い絨氈《じゅうたん》が長々と廊下に伸びているのが、いまにもスルスルと匍《は》い出しそうに見えます。
そのとき私の腕をソッと抑《おさ》えた者があります。ハッと駭《おどろ》いて振りかえると、何のこと白木警部です。
「怪物のいる部屋は何処かネ」
と警部は私の耳に唇を触《ふ》れんばかりに囁《ささや》きました。
「……」
私は無言のまま、すぐ向うの左手の扉《ドア》を指《さ》しました。老婦人を囲んで、怪《あや》しげなる服装をつけた頭のない生物が、蜥蜴《とかげ》のように蠢《うご》めいているところを又見るのかと思うと、いやアな気持に襲《おそ》われて参《まい》りました。
警部は首を上下に振《ふ》って大きい決心を示しました。「懸《かか》れッ!」サッと警部の手が扉《ドア》の方を指しました。
黒田巡査が最先《まっさき》に飛び出して、扉の把手《ハンドル》に手をかけると、グッと押しました。
「オヤ、あかないぞ」
ウーンと力を入れて体当りをくらわせてみましたが、どうしたものかビクとも開かないのです。
「警部どの、これァ駄目です」
「扉《ドア》を壊《こわ》して入れッ。三人位でぶつかってみろ」
三人の逞《たくま》しい警官が、たちまちその場に勢ぞろいをすると、一、二イ、三と声を合わせ、
「エエイッ」
と扉にぶつかりました。グワーンと音がするかと思いの外《ほか》、呀《あ》ッと叫ぶ間もなく、扉はパタリと開き、三人の警官は勢《いきお》いあまってコロコロと球でも転《ころ》がすように、室内に転げ込みました。どうやら鍵は懸《かか》っていなかったものらしいのです。
一同は思いがけぬことに、ちょっとひるんで見えましたが、
「それ、捕縛《ほばく》しろッ」
と警部が激励《げきれい》したので、ワッと喚《わめ》いて室内に躍《おど》りこみました。そこには予期《よき》していたとおり、頭のない洋服を着た怪物がゾロゾロと匍《は》いまわっていました。
「ウム」
とその一つに手をかけるとたんに、ピシリとひどい力で叩かれました。警官は呀《あ》ッと顔をおさえたまま尻餅《しりもち》をつきましたが、叩かれたところは見る見る裡《うち》に紫色に腫《は》れ上ってきます。
あっちでもこっちでも、警官が宙《ちゅう》に跳《は》ねとばされています。壁へ叩きつけられて気絶《きぜつ》をするもの、ガックリと伸びるものなどあって、形勢は不利です。
ピリピリピリピリ。
もうこれまでと、警部は非常集合の警笛をとって、激しく吹き鳴らしました。
素破《すわ》一|大事《だいじ》とばかりに裏門の一隊と、表門に待機していた予備隊《よびたい》とが息せききって駈《か》けつけました。
警部はその二隊を、問題の室には向けず、階段の影に集結しました。この上|乱闘《らんとう》をしてみたって、あの怪物には到底《とうてい》歯が立たないことを悟《さと》ったからでしょう。
「機関銃隊《きかんじゅうたい》、配置につけッ」
たちまち階段の影に三挺の機関銃を据《す》えつけました。しかし引金を引くわけにはゆきません。向うの室では、味方の警官も苦闘《くとう》をつづけていれば、老婦人もどこかの隅《すみ》にいるかと考えられるからです。唯一つの機会は、室から外へ出てくる怪物があれば、この機関銃から弾丸《だんがん》の雨を喰《く》らわせることが出来ます。
「うーむ、今に見ていろ」
警部は自暴自棄《じぼうじき》で、苦闘している部下のところへ飛びこんでゆきたいのを、じっと怺《こら》えていました。それは犬死《いぬじに》にきまっていますが見す見す部下が弱ってゆくのを眺めていることは、どんなにか苦しいことでしょう。戦いの運はもう凶《きょう》のうちの大凶《だいきょう》です。
鬼影《おにかげ》を見る
「呀《あ》ッ、出て来たッ」
果然《かぜん》、モーニング・コートを着て、下には婦人のスカートを履《は》いた奴《やつ》が、室の入口からフラフラと廊下の方に現れました。生《い》け捕《ど》りにはしたいのですが、こう強くてはもう諦《あきら》めるより外《ほか》はありません。死骸《しがい》でも引き擦《ず》って帰れると、成功の方かも知れません。
「撃《う》ち方《かた》ァ始めッ」
ダダダダダダダダーン。
ドドドドドドドドーン。
銃口からは火を吹いて銃丸が雨霰《あめあられ》と怪物の胴中《どうなか》めがけて撃ち出されました。
「この野郎、まだかッ」
バラバラと飛んでゆく弾丸は、黒いモーニングの上にたちまち白い弾丸跡《たまあと》を止《と》め度《ど》もなく綴《つづ》ってゆくのでした。とうとう洋服の布地《ぬのじ》の一部がボロボロになって、銃火《じゅうか》に吹きとばされました。
怪物の腹のところに、ポカリと大きい穴があきました。それだのに怪物は、悠々《ゆうゆ
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