う夢中で走りました。
「オイ何者かッ。停まれ、停まれ」
私の顔面には突然サッと強い手提電灯《てさげでんとう》の光が浴せかけられました。おお、助かったぞ!
怪しき博士の生活
「この小僧《こぞう》だナ、さっき電話をかけてきたのは」
無蓋《むがい》自動車の運転台に乗っていた若い一人の警官が、ヒラリと地上に飛び降りると、私の前へツカツカと進み出てきました。
「僕です」私はもう叱《しか》られることなんか何でもないと思って返事しました。「トンチキ野郎などと大変な口を利《き》いたのもお前だろう」
「僕に違いありません。そうでも云わないと皆さん来てくれないんですもの」
「オイオイ、待て待て」そこへ横から警部みたいな立派な警官が現れました。「それはもう勘弁《かんべん》してやれ」
私はホッとして頭をペコリと下げました。
「それでナニかい。一体どう云う事件なのかネ。君が一生懸命の智慧《ちえ》をふりしぼって僕等を呼び出した程の事件というのは……」
警部さんには、よく私の気持が判っていて呉《く》れたのです。これ位|嬉《うれ》しいことはありません。私は元気を取戻しながら、一伍一什《いちぶしじゅう》を手短かに話してきかせました。
「ウフ、そんな莫迦《ばか》なことがあってたまるものか。この小僧はどうかしているのじゃないですか」
例の若い警官黒田巡査は、あくまで私を疑っています。
「まアそう云うものじゃないよ、黒田君」分別《ふんべつ》あり気《げ》な白木《しろき》警部は穏《おだや》かに制して、「なるほど突飛《とっぴ》すぎる程の事件だが、僕はこの家を前から何遍《なんべん》も見て通った時毎《ときごと》に、なんだか変なことの起りそうな邸《やしき》じゃという気がしていたんだ」
「そうです、白木警部どの」とビール樽《だる》のように肥った赤坂巡査が横から口を出しました。「ここの主人の谷村博士は、年がら年中、天体望遠鏡にかじりついてばかりいて他のことは何にもしないために、今では足が利《き》かなくなり、室内を歩くのだってやっと出来るくらいだという話です」
「可笑《おか》しいなア、その谷村博士とかいう人は、確《たし》かに空中をフワフワ飛んでいましたよ」私は博士が足が不自由なのにフワフワ飛べるのがおかしいと思ったので、口を出しました。
「それは構わんじゃないか」黒田巡査が大きな声で呶鳴《どな》るように云いました。「足が不自由だから、簡単に飛べるような発明をしたと考えてはどうかネ」
「ほほう、君もどうやら事件のあったことを信用して来たようだネ」と警部は微笑《びしょう》しながら「だが兎《と》に角《かく》、当面の相手は何とも説明のつけられない変な生物《いきもの》が居るらしいことだ。そいつ等の人数は大約《おおよそ》十四五人は発見されたようだ。それも果して生物なのだか、それとも博士の発明していった何かのカラクリなのだか、これから当ってみないと判らない。博士の行方《ゆくえ》が判ると一番よいのだが、とにかく様子はこの少年の話で判ったから、一つ皆で天文学者谷村博士|邸《てい》を捜査《そうさ》し、一人でもよいからその訳のわからぬ生物を捕虜《ほりょ》にするのが急務《きゅうむ》である。判ったネ」
「判りました」「判りました」と凡《およ》そ二十人あまりの警官隊員は緊張した面《おもて》を警部の方へ向けたのでした。彼等はいずれも防弾衣《ぼうだんい》をつけ、鉄冑《てつかぶと》をいただき、手には短銃《ピストル》、短剣《たんけん》、或いは軽機関銃《けいきかんじゅう》を持ち、物々しい武装に身をととのえていました。これだけの隊員が一度にドッと飛びかかれば、流石《さすが》の妖怪たちも忽《たちま》ち尻尾《しっぽ》を出してしまうことであろうと、大変|頼《たの》もしく感ぜられるのでした。
怪物《かいぶつ》の怪力《かいりき》
「では出動用意」警部は手をあげました。「第一隊は表玄関より、第二隊は裏の入口より進む。それから第三隊は門内《もんない》の庭木の中にひそんで待機をしながら表門を警戒している。本官とこの少年は第一隊に加わって表玄関より進む。――よいか。では進めッ!」
警官はサッと三つの隊にわかれ、黙々《もくもく》として敏捷に、たちまち行動を起しました。
私はすっかり元気になって、第一隊の先頭に立ち、表玄関を目懸《めが》けて駈け出しました。
「オイ少年、静かに忍びこむのだよ」
たちまち注意を喰いました。そうです、これは戦争じゃなかったのでした。あまり活溌《かっぱつ》にやると、妖怪たちは逃げてしまうかも知れません。
玄関は静かでした。訓練された七名の警官は、まるで霧のように静かに滑《すべ》りこみました。階下の廊下は淡《あわ》い灯火《とうか》の光に夢のように照らし出されています。気のせい
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