した。だが電話をかけようとして、私はハタと行《ゆ》き詰《づま》ってしまいました。どこのお医者様がいいのだか判らないのです。そのとき不図《ふと》気がついたのは所轄《しょかつ》の小田原《おだわら》警察署のことです。
(まず警察へこの椿事《ちんじ》を報告し、救いを求めよう。それがいい!)
 警察の電話番号は、電話帳の第一|頁《ページ》にありました。私は自動式の電話機のダイヤルを廻しました。――警察が出ました。
「モシモシ。小田原署ですか。大事件が起りましたから、早く医者と警官とを急行して貰って下さい」
「大事件? 大事件て、どんな事件なんだネ」
 向うはたいへん落付いています。
「兄が天井に足をついて歩いていましたが、下におっこって気絶をしています。いくら呼んでも気がつかないのです」
「なにを云っているのかネ、君は。兄がどうしたというのだ」
「兄が天井に足をつけて歩いていたんです」
「オイ君は気が確かかい。こっちは警察だよ」
 ああ、これほどの大事件を報告しているのに、警察では一向にとりあってくれないのです。私はヤキモキしてきました。
「まだ大事件があるのです。ここの主人が、先刻フワフワと空中を飛んで門の上をとび越え、川の向うの森の方へ行って見えなくなりました」
「なアーンだ。そこは飛行場なのかい」
「飛行場? ちがいますよちがいますよ。ここの主人は飛行機にも乗らないで、身体一つでフワフワと空中へ飛び出したのです」
「はッはッはッ」と軽蔑《けいべつ》するような笑い声が向うの電話口から聞えました。「人間が身体だけで空中へ飛び出すなんて、莫迦《ばか》も休み休み言えよ。こっちは忙《いそが》しいのだから、そんな面白い話は紙芝居《かみしばい》のおじさんに話をしてやれよ」
「どうして警察のくせに、この大事件を信じて手配をして呉《く》れないんです」わたしはもう怺《こら》えきれなくなって、大声で叫びました。
「オイ、これだけ言うのに、まだ判らないことを云うと、厳然《げんぜん》たる処分《しょぶん》に附《ふ》するぞ。空中へ飛び出させていかぬものなら、縄で結《ゆ》わえて置いたらばいいじゃないか。広告気球の代りになるかも知れないぞ」
 警官はあくまで冗談だと思っているのです。私はどうかして警官に早く来て貰いたいと思っているのに、これでは見込《みこみ》がありません。そこで一策を思いつきました。
「ヤイヤイヤイ」私は黄色い声を出して云いました。「ヤイ警官のトンチキ野郎奴《やろうめ》。鼻っぴの、おでこの、ガニ股の、ブーブー野郎の、デクノ棒野郎の、蛆虫《うじむし》野郎の、飴玉野郎の、――ソノ大間抜け、口惜しかったらここまでやってこい。甘酒進上《あまざけしんじょう》だ。ベカンコー」
「コーラ、此《こ》の無礼者奴《ぶれいものめ》。警察と知って悪罵《あくば》をするとは、捨てて置けぬ。うぬ、今に後悔するなッ」
 警官は本気に怒ってしまいました。その様子では、間もなくカンカンになって頭から湯気《ゆげ》を立てた警察隊がこの家へ到着することでしょう。
 ところで病院は、小田原病院というのが見付かりました。私はそこへ電話をかけて、急病人であるから、自動車で飛んで来てくれるように頼みました。
 さあ、これで一《ひ》と安心です。警察隊と医者の来るのを待つばかりです。その間に私は現場《げんじょう》を検《しら》べて、事件の手懸《てがか》りを少しでも多く発見して置きたいと思ったのでした。私だって素人探偵《しろうとたんてい》位は出来ますよ。


   少年探偵の眼は光る


 兄の身体は重いので、絨氈《じゅうたん》の上に寝かしたままに放置するより仕方がありません。隣の寝室らしいところから、枕と毛布とをとって来て、兄にあてがいました。それから、金盥《かなだらい》に冷い水を汲《く》んで来て、タオルをしぼると、額の上に載《の》せてやりました。こうして置いて私は、現場調査にとりかかったのです。
 その室で、まず私の眼にうつる異様なものは、窓|硝子《ガラス》の真ン中にあけられた大きい孔《あな》です。これは盥《たらい》が入る位の大きさがあります。随分大きな孔があいたものです。何故この窓硝子が割れたのでしょうか。それを知らなければなりません。
 調べてみると、その窓硝子の破片《はへん》は、室内には一つも残らず、全部|屋外《おくがい》にこぼれているのに気がつきました。どうして内側に破片が残らなかったか?
(うむ。これは窓硝子を壊《こわ》す前に、この室内の圧力が室外の圧力よりも強かったのだ)
 もし外の方が圧力が強いと窓硝子が壊れたときは、外から室内へ飛んでくる筈《はず》ですから室内に硝子の破片が一杯|散乱《さんらん》していなければなりません。そういうことのないわけは、それが逆で、この室内の方が圧力が高かった
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