こら中《じゅう》を蹴っとばした。すると何だか靴の先にストンと当ったものがある。しかし注意をしてそこらあたりを見るが、何にも見えないことは同じだった。そのうちに、呀ッと思う間もなく、僕の身体は中心を失ってしまった。身体が斜《なな》めに傾《かたむ》いたのだ。僕はズデンドウと尻餅《しりもち》をつくだろうと思った。ところが尻餅なんかつかないのだ。身体は尚《なお》も傾いて身体が横になる。そこで僕はもう恐怖に怺《こら》えきれなくなって、お前を呼んだのだ」
「ああ、あのときのことですネ」
「すると今度はイキナリ宙ぶらりんになっちゃった。足が天井《てんじょう》にピタリとついた。不思議な気持だ。尚も叫んでいると、今度は頸《くび》がギュウと締まってきた。苦しい、呼吸が出来ない――と思っているうちに、気がボーッとしてきてなにが何だか、記憶が無くなってしまった。こんな不思議なことがまたとあろうか」
 と兄は始めて、この博士の室で遭《あ》ったという危難《きなん》について物語りました。
「眼に見えない生物が、兄さんに飛びかかったんだ」
「そうだ。そう考えるより仕方がない。僕はお医者さまが許して下されば、もっと検《しら》べたいことが沢山あるんだ……」
「そうですネ」と医者は時計を見ながら云いました。「大分元気がおよろしいようですが、では無理をしないように、すこしずつ動くことにして下さい」
「じゃ、もう起きてもいいのですネ」
 兄は嬉しそうに身体を起しました。そして両腕を体操のときのように上にあげようとして、ア痛タタと叫びました。


   二人連れの怪人


 兄は元気になって、谷村博士の老夫人を見舞いました。
「まア、貴郎《あなた》までとんだ目にお遭《あ》いなすってお気の毒なことです」
 と老婦人は泪《なみだ》さえ浮べて云いました。
「おや、あれはどうしたのです」
 兄は内扉の向うが、乱雑にとりちらかされてあるのを見て、老婦人に尋《たず》ねました。
「あれは衣服室なのです。それが貴郎、ゾロゾロ動き出して、まるで生物のように此の室を匍《は》い廻ったんです」
「ああ、あの一件ですネ。するとあの洋服はすべて先生と奥様のだったというわけですね」
 老婦人は黙って肯《うなず》きました。
「いや、それですこし判って来たぞ」
「どう判ったの、兄さん」
「まア待て――」
 兄はそれから庭へ下りてゆきました。警
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