乱れた靴の跡が、点々として柔い土の上についています。
警部さんは、懐中電灯をつけて、その足跡を検《しら》べ始めました。
「オヤこれは変だな。足跡が途中で消えているぞ」
「消えているといいますと」
「ほら、こっちから足跡がやってきて、ほらほらこういう具合にキリキリ舞いをしてサ、向うへ駈け出していって、さア其処《そこ》で足跡が無くなっているじゃないか」
「成《な》る程《ほど》、これア不思議ですネ」
「こんなことは滅多《めった》にないことだ。おお、ここに何か落ちているぞ。時計だ。懐中時計でメタルがついている。剣道|優賞牌《ゆうしょうはい》、黒田選手に呈《てい》す――」
「あッ、それは黒田君のものです。それがここに落ちているからには……」
「うん、この足跡は黒田君のか。黒田君の足跡は何故ここで消えたんだろう?」
蘇生《そせい》した帆村探偵《ほむらたんてい》
そのとき、門の方に当って、けたたましい警笛《けいてき》の音と共に、一台の自動車が滑《すべ》りこんできました。
「何者かッ」
というんで、自動車の方へ躍《おど》り出てみますと、車上からは黒い鞄《かばん》をもった紳士が降りてきました。待ちに待った小田原病院《おだわらびょういん》のお医者さんが到着したのです。
「なァーンだ」
警官は力瘤《ちからこぶ》が脱《ぬ》けて、向うへ行ってしまいました。私はそのお医者さまの手をとらんばかりにして、兄の倒れている二階の室へ案内しました。
兄は依然《いぜん》として、長々と寝ていました。医者は一寸《ちょっと》暗い顔をしましたが、兄の胸を開いて、聴診器《ちょうしんき》をあてました。それから瞼《まぶた》をひっくりかえしたり、懐中電灯で瞳孔《どうこう》を照らしていましたが、
「やあ、これは心配ありません。いま注射をうちますが、直《す》ぐ気がつかれるでしょう」
小さい函《はこ》を開いて、アンプルを取ってくびれたところを切ると、医者は注射器の針を入れて器用に薬液《やくえき》を移しました。そして兄の背中へズブリと針をさしとおしました。やがて注射器の硝子筒《ガラスとう》の薬液は徐々に減ってゆきました。その代りに、兄の顔色が次第に赤味《あかみ》を帯《お》びてきました。ああ、やっぱり、お医者さまの力です。
三本ばかりの注射がすむと、兄は大きい呼吸を始めました。そして鼻や口のあたりをムズ
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