ついている小さい物挟《ものばさみ》を、舷の梁上《はりうえ》に留めると、針金は短波を送るためのアンテナとなった。
そこで彼は、小さな受話器を耳にかけ、同じく缶の底にとりつけてある電鍵をこつこつ叩いて、軍艦明石の無電班を呼んだ。
相手は、待っていましたとばかりにすぐ出てきて、暗号化したモールス符号で応答してきた。
機関大尉は溜めておいた重大な報告を一つ一つ電鍵を握る指先にこめて打ちはじめた。
その時、頭の上で、ごそりと人の気配がした。
彼は、はっと驚いて上を見た。梁の上にピストルがきらきらと光って、その口がこっちを向いていた。
「はっはっはっ。日本のスパイ君。君はとうとう秘密のお仕事を始めからすっかり見せてくれたね。さあ手をあげるんだ。こら、なぜあげないのだ。あげないか。撃つぞ」
だだーん。
梁の上から、銃声がとどろいた。
ピストルの弾丸《たま》は、川上機関大尉の抱えていたペンキの缶にあたった。
缶は、あっという間もなく舷を越えて下にころげ落ちた。
とたんにひらりと身を飜して、逃げだした。
「待て、スパイ」
梁上からは、英国士官がとびおりた。そして警笛をぴりぴりと吹いた
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