やって来たな」
 まぎれもない川上機関大尉の声だった。
「す、杉田は、う、う、嬉しいです。も、もう死んでも、ほ、本望だっ」
 あとは涙に曇って聞きとれない。
「な、泣くな杉田――。お前が来てくれて、俺も嬉しいぞ」
 中国人のペンキ工に変装した川上機関大尉と半裸の杉田二等水兵とは、薄暗い室の隅にしっかりと抱きあったまま、はりさけそうな胸をおさえてむせび泣いた。


   すわ曝露?


 怪しいペンキ工の謎は解けた。
 密命を帯びたわが川上機関大尉は、巧みに変装して、リット少将の身辺をひそかにうかがっていたのであった。
 彼がいつも片手にぶら下げているペンキを入れた缶の底には、精巧をきわめた短波無線電信機がかくされてあったのである。
 彼は苦心に苦心をして、いろいろなことを探った。そして、たえず暗号無電で、軍艦明石の無電班と連絡をとっていたのであった。
 彼は杉田二等水兵の到着に早くから気がついていた。上官の身の上を案じてひそかに南シナ海を泳ぎわたってきた部下の情を知って、どんなに嬉しく思ったことだろう。が同時にまた苦しくもあったのだ。なぜなら、自分ひとりでさえ隠れるのに骨が折れるのに、
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