彼はいわれるままに静かに手足を伸ばした。
 一たい何人であろう。
「どうもすまんです。いつの間に私はどうしてこんなところに来たのですか。教えてください」
 すると低い声は軽く笑って、
「そんなことは後でいい。また出血をすると困るから、なにも考えないで、もう暫くじっとしていたまえ」
 とやさしくいった。
 杉田はぼんやりした頭の中で、ふとその声音に聞耳をたてた。それはたしかに、どこかで聞きおぼえのある声だった。しかも懐かしい日本語! あのような声で話した人は……?
「だ、誰です、あなたは……」
「しずかにしていなきゃいけないというのに。お前さんの言葉が誰かの耳に入ると、そのときはもうどうにも助りっこないぜ」
「あっ! そういう声は――ああ川上機関大尉だ。か、川上……」
 杉田はわめいた。そして自分の肩をおさえている手をふりはらって、がばと起きあがった。
 と同時に、彼の枕許にうずくまっていたやさしい声の主と、ぱったり顔を合わした。それは外ならぬ怪しい中国人のペンキ工の姿であった。
「おおあなたが」
 杉田はそう叫ぶと、傷の痛みも忘れて、その胸にしっかり抱きついた。
「おお杉田。お前はよく
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