ん。この飛行島がインチキとは」
 リット少将の眼がふたたび、三角にとがった。
「私がインチキといったのではない。私の国の専門家がそういったのです」
「なにをインチキというのだ。いいたまえ。私は建設団長として、貴君の説明を要求する」
「では――」とハバノフ氏は大熊のように落着きはらって、
「さしあたり飛行甲板のことですよ」
「飛行甲板がどうしたというんです」
「そう貴官のように怒っては困る。まあ私のいうことをおききなさい。いいですかね。飛行甲板から重爆がとびだすのに、滑走路が短すぎるから、甲板は戦車の無限軌道式になっていて、そいつは飛行機のとびだす方向と逆に動くとかいいましたね」
「そのとおりです」
「いやそれがインチキだというのです。甲板が無限軌道で後方へ動いても、飛行機の翼はそのために前方から空気の圧力を余計に受けるわけではない。だから、とびだしやすくはならないというのです。結局そんなものがあってもなくても同じことだ。インチキだという証明は、これでも十分だというのです。さあどうですか」
「なあんだ、そんなことですか。それは一を知って二を知らぬからのことです。後方に動く無限軌道の甲板は十分役に立ちます。停っている飛行機が、出発《スタート》を始めたからといって、摩擦やエンジンの性能上すぐ全速力を出せるものではありません。ですから無限軌道の上で全速力を出せるまで準備滑走をやるのです。飛行島の外から見ているとそれまでは飛行機が甲板の同じ出発点の位置でプロペラーを廻しているように見えるでしょう。そして全速力に達したところで、無限軌道をぴたりと停めるのです。すると飛行機は猛烈な勢いでもって飛行島の上を滑走して進みます。そして全甲板を走りきるころにはうまく浮きあがるのです。どうです。これでもインチキですか」
「いや、私がインチキだといったわけではないのです。くれぐれも誤解のないように。私にはよくわかりませんから、またそれをいってやりましょう。専門家がまた何か意見をいってくるかもしれません。私としてはこの飛行島がインチキでないことを祈っています。いや、貴官を怒らしたようで恐縮です」
 と、ハバノフ氏は掌をかえしたように、しきりにリット少将の機嫌をとりだしたものである。
「わかってくだされば、私はいいのです」とリット少将も言葉を和らげ、
「とにかくこの飛行島は世界にはじめて現れたものだから、誰しも性能をうたがいたくなるのは無理ありません。私としては、この飛行島が完成した上で、試運転するところを黙って見てくださいといいたい。その時にこの浮かぶ飛行島がどんな目覚しい働きをするか、まず腰をぬかさないように見物していただきたいと申したい。しかし貴国との共同作戦をきめるのは、試運転の時ではもう遅い。敵の日本艦隊は、かなわないと知っても決してぐずぐずしてはいませんからね。その前に、貴国とわが英国とは手を握って、共同戦線を張らなければ、この戦争は大勝利を得るというわけにはいかないでしょう。もっともわが軍は、単独で日本と戦っても勿論十分勝つ自信はありますがね。しかし貴国もどうせ日本に対して立つのなら、わが国と一しょに立った方がお互に利益ですからね」
 リット少将は、嚇《おど》したりすかしたりして、ハバノフ氏を口説きおとすのに大車輪の態だった。老獪《ろうかい》とは、こういうところをいうのだろう。
 しかしハバノフ氏は、更に役者が一枚上と見えて、嚇されてもすかされても、一向感じないような顔をしていた。リット少将は、心中じりじりとあせってくるばかりであった。
 そこで少将は、急に思い出したという風に、銀盆の上の紅茶器をとりよせ、すこし冷えかかったセイロン茶を注ぐと、ハバノフ氏の前にすすめた。
「セイロン茶ですか。なかなかいい香だ」とハバノフ氏は犬のように鼻をならして、茶碗を口のところへ持っていった。
「お気に入ったら、まだありますよ」
「ええ気に入りましたね。大英帝国は、世界中いたるところ物産にめぐまれた熱帯の領土を持っていますね。まったく羨ましいことです。しかるにわが国は、いつも氷に閉ざされている。せめて一つでもいいから、冬にも凍らない港が欲しいと思う。いかがですな。大英帝国はわがソ連のため、アフリカあたりに植民地をすこし分けてくれませんか」
「あっはっはっ、なにを冗談おっしゃる。冬でも凍らない港なら、東洋にいくらでもあるではありませんか。大連、仁川、函館、横浜、神戸など、悪くありませんよ。なにもかも、貴国の決心一つです」
 と、リット少将は、うまく相手の話をはぐらかした。
「しかし大英帝国は――」
 と、なおもハバノフ氏が突込もうとすると、
「おおそうだ、ハバノフさん。昨夜捕虜にした日本海軍の水兵をあなたに見せましょうか。さあ、これから御案内しますよ」
 と、
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