る。
一旦出ていった副長が、電文をかきつけた紙片を手にして、急ぎ帰ってきた。長谷部大尉は、また椅子から立ちあがって、副長に注目した。
「副長、どうした」
と、艦長加賀大佐は平常に似あわず、せきこんで声をかけた。
「はい、艦長。連合艦隊はわれわれのために潜水艦を出動させました。これがその電文です」
「そうか――どれ」
加賀大佐は副長の手から紙片をうけとると、その上に忙しく眼を走らせ、うーむとうなった。
「まず、こういうところだろうなあ」
加賀大佐は通信長を呼出し、ホ型十三号潜水艦との連絡を手落なくとるように命じた。
ホ型十三号潜水艦は、一たいこれからいかなる行動にうつろうとするのであろうか。
飛行島の欠陥?
飛行島の夜は明けはなれた。
熱帯地方の海は、毎日同じ原色版の絵ハガキを見るような晴天がつづく。今日も朝から、空は紺碧に澄み、海面は油を流したように凪いでぎらぎら輝く。
飛行島建設団長リット少将は、たいへん早起であった。提督は起きるとすぐ最上甲板の「鋼鉄の宮殿」をすっかりあけはなち、特別に造らせた豪華な専用プールにとびこみ、海豚《いるか》のように見事に泳ぎまわる。それがすむと、一時間ばかり書類を見て、それからやっと軽い朝食をとるのが習慣になっていた。
「いやあ、お早いですな」
と声をかけながら、白麻の背広にふとった体を包んだ紳士が、甲板の方から入ってきた。それは外ならぬソ連のハバノフ特使であった。
「やあお早う、ハバノフさん。私は煙草が吸いたくなって、それで朝早く眼が覚めるのですよ。眠っている間は、煙草を吸うわけにゆかないですからねえ」
「いや私は、第一腹がへるので、眼が覚めますわい。どっちも意地のきたない話ですね。あっはっはっ。――ときにちょっとここにお邪魔をしていいですか」
と、ハバノフ特使は傍の籐椅子を指さした。
「さあどうぞ。いまセイロンの紅茶をいいつけましたから、一しょにやりましょう」
とリット少将は上機嫌である。
ハバノフ特使は籐椅子をリット少将の方へひきよせると、
「ねえ、リット少将。――」
と改った口調で、上眼をつかう。
「おお何か御用件でしたか。それは失礼しました。どうぞおっしゃってください」
「――実は、昨日貴官からお話のあった英ソ両国間の協定のことですが、国の方へ相談してみたのです」
「ほほう、それはそれは。お国ではどういう御意見ですかね」
「それがどうも、申し上げにくいが、ちと冴えない返事でしてね。要点をいいますと、日中戦争以後、英国が日本に対して非常に遠慮をするようになったので、あまり頼みにならぬと不満の色が濃いのです」
「なに、日本に対してわが大英帝国が遠慮ぶかくなったという非難があるのですか。それはそう見えるかもしれません。いや、そう見えるように、わざとつとめているのだといった方がいいでしょう。それも相手を油断させるためなんです。ですが、実は、われ等は極東において絶対的優勢の地位に立とうと、戦備に忙しいのです。わが大英帝国は、東洋殊に中国大陸を植民地にするという方針を一歩も緩めてはいない。これまで中国に数億ポンドの大金を出しているのですよ。そのような大金がどうしてそのまま捨てられましょう」
とリット少将の言葉は、次第に火のように熱してきた。日本人が聞いたら誰でもびっくりするにちがいない恐しい言葉だ。
「駄目です、駄目です。貴官の国の戦備はまだなっていません。本当にそれをやるつもりなら、なぜもっと極東に兵力をあつめないのです」
とソ連の密使ハバノフ氏は叫ぶ。
それを聞くとリット少将は、むっとした顔付にになって、
「ハバノフさんこそ何をいいますか。われ等は十分にそれをやっている。だから昨日も説明したではありませんか。いま建設中のこの飛行島などは、世界のどこにもない秘密の大航空母艦である。しかもそれを南シナ海に造っているというのは、何を目標にしているか、よくわかっているではありませんか」
「いやリット少将。貴官はこの飛行島がたいへん御自慢のようだが、今朝わが国の専門家から来た返事によると、どうも頗《すこぶ》るインチキものだということですよ」
「なにインチキだ。この飛行島がインチキだというのですか」
とリット少将は、怒の色をあらわして、椅子からすっくと立ちあがった。
そのとき可愛らしい中国服の少女が、紅茶器を銀の盆にのせて、部屋に入ってきた。
狼対熊
「おお梨花、そこへ置いておけばいいよ」
と、リット少将は額の汗をふきながら、やさしく中国服の少女にいった。梨花は福建省生れの美しい少女で、少将の大のお気に入りの女給仕だ。
「では、ここに――」
と、梨花は紅茶器の盆を卓子《テーブル》の上におくと、そのまま客間を出ていった。
「じ、実に怪しから
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