に赤い。ゆうべからこっち、徹夜でもって相談がすすめられているらしい。したがってその相談の重要性についても大方察しがつくであろう。
 リット提督は、卓上にひろげた大きな世界地図を前にして、傲然《ごうぜん》と椅子の背にもたれている。左手にしっかりと愛用のパイプを握っているが、火はとくの昔に消えていた。よく見ると、広い額の上で、乱れた銀髪がぶるぶると小さく震えているのが分かるだろう。
「さあ、どうされるな。イエスか、ノウか、はっきり御返事がねがいたい」
 提督は、そういって、二人の巨漢に火のような視線を送った。
 この巨漢たちは誰であろう。
 一人は、例のソ連の特命大使ハバノフ。もう一人の巨漢は、その服装で分かるようにソ連武官――くわしくいえば、極東赤旗戦線軍付のガーリン大将であった。
 この両巨漢は、リット提督を前にして、しばらく小声で言葉のやりとりをしていたが、そのうちに両者の意見が一致したらしく、ガーリン大将は、すっくと席から立ち上った。
「わが極東赤旗戦線軍を代表して、本官は今英国全権リット提督閣下に回答するの光栄を有するものです。わが軍は、ここに貴提案を受諾し、只今より二十四時間後において、まず大空軍団の出動からはじまる全軍の日本攻略を決行いたします」
 リット提督は本国政府から、英ソ秘密会談について、とくに英国全権の重い職務を与えられていたのであった。
「私も、ともにお約束します」
 ハバノフ大使も、後から立って、同じことを誓った。
 リット提督は、それをきいて喜色満面、バネ仕掛のように椅子からとびあがって、両巨漢と、いくたびもかたい握手をかわしたのであった。
「ああついに貴国の同意を得て、こんなうれしいことはない。英ソ両国の対日軍事同盟はついに成立したのである。では今より両国は共同の敵に向かって、北方と南方との両方向から進撃を開始しよう」
「しかしリット提督。その軍事同盟の代償については、どうかくれぐれも約束ちがいのないように願いまするぞ」
「いや、それは本国政府より、特に御安心を願うようにということであった。わが英国は、印度の平穏と中国の植民地化さえなしとげれば、それでいいのであって、日本国の小さい島々や朝鮮半島などは、一向問題にしていないのである」
「それなればまことに結構です。それはとにかく、わがソ連と英国とは、もっと早くから手を握るべきであった。なぜなら、わがソ連政府はユダヤ人で組織せられているし、また貴国の政治はユダヤ人の金の力によって支配せられているのであるから、早くいえば、本家の兄と、そして養子にいった弟との関係みたいに切っても切れない血族なのですからねえ」
 この会話でもって察せられるように、英国はついにソ連を仲間にひき入れ、日本の前に武器をもって立ったのであった。
 ことがここまではこぶまでには、英国はずいぶんいろいろの策略をつかったが、殊に横須賀における日本少年の英国水兵殺害事件は、対日戦を起すのに一番都合のよい口実となった。しかしそれはどこまでも口実なのであって、対日戦の根源ははるか日中戦争にあった。いや、それよりももっと前、英国系のユダヤ財閥が、日本追い出しの陰謀を秘めて、中国を植民地化するために四億ポンドという沢山の資本をおろしたときにはじまったというのがほんとうであろう。
 ついにこの日、五月十七日!
 ここにわが帝国は、北と南との両方から、世界一の陸空軍国と、世界一の海空軍国との協同大攻撃をうけることとなった。
 もちろん宣戦布告などのことはなく、英ソ両国の精鋭軍団は、一方的に軍事行動を起したのであった。
 ああ危いかな大日本帝国!
 懐中ひそかに、恐るべき武器を忍ばせ、なにくわぬ顔して近づいてくる仮面の善隣を、はたしてわが帝国は見破ることができるかどうであろうか。
 軽旅客機が、ハバノフ大使とガーリン将軍をのせ、爆音高く朝日匂う大空にまいあがり、いずこともなく姿を消すと、それにつづいて飛行島内には、嚠喨《りゅうりょう》たる喇叭《ラッパ》が、隅から隅までひびきわたった。
 渡洋作戦第九号による出航準備だ!
 いよいよ極東の戦雲は、一陣の疾風にうちのって、動きだしたのである。


   飛行島出動


 飛行島は、俄然活気をおびた。
 まだ収容しつくさなかった爆撃機や戦闘機などが、シンガポールから海を越えて続々と到着し、飛行甲板にまい下りた。中には飛行池に着水する水上機もあった。総出の整備員は、汗だくだくの大童《おおわらわ》となって、新着の飛行機をエレベーターにのせ、それぞれの格納庫へおろした。
 弾薬庫は開かれ、二十インチ砲弾をはじめ数々の砲弾が、それぞれの砲塔へおくりやすいように、改めて並べかえられた。
 甲板や舷側から、戦闘に不用なものは、ことごとく取除かれた。
 室内においても、不用
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