な箱や卓子《テーブル》などが別にせられ、そして甲板から海中へ投げ捨てられた。
 秘密砲塔を隠している仮装|掩蓋《えんがい》は、しばしば電気の力をかりて、取外されたり、また取付けられた。
 共楽街は、大勢の水兵の手により、片端からうち壊され、小屋といわず、道具といわず、映写機のような高価なものまで惜し気もなく海中へ叩きこまれた。
 こうして夕方ちかくには、飛行島の内外は、生まれかわったように軍艦らしくなった。
 海を圧する浮城、飛行島!
 丁度そのとき、この飛行島戦隊に編入せられた巡洋艦、駆逐艦、水雷艇、潜水艦、特務艦などが合わせて四十六隻舳艫をふくんで飛行島のまわりに投錨した。
 リット提督は、得意満面、大した御機嫌で司令塔上から麾下《きか》の艦艇をじっと見わたした。
「ほほう、わが飛行島戦隊の威容も、なかなか相当なものだ。これなら日本の本土強襲は、案外容易に成功するであろう」
 提督は、戦わないうちに、自分の戦隊の勝利をふかく信ずるようになった。
 やがて夜となった。
 一切の出航準備は成った。
 ただ一つ気がかりなことは、昨日にひきつづき風が依然として治らないことだった。
 午後八時、リット提督はついに出航命令を下した。
「錨揚げ!」
 命令一下、電動機は重くるしい唸をあげて太い錨鎖をがらがらとまきあげていった。
 このとき飛行島内のエンジンは、一基また一基、だんだんに起動されていって、その響は飛行島の隅々までもごとごとと伝わっていった。巨大のエンジン群のはげしい息づかいだ。
「前進! 微速!」
 山のような飛行島は、しずかに海面をゆるぎだした。
 麾下の艦艇もまた、順序正しく航行をはじめた。
 駆逐戦隊の横列を先頭に、それにやや後《おく》れて潜水戦隊がつづき、その次に前後左右を軽巡洋戦隊にとりまかれて飛行島の巨体が進み、最後列には特務艦や病院船、給油船が臆病らしく固まり、殿《しんがり》には巡洋艦を旗艦とする別の駆逐戦隊がしっかり護衛していた。
 航空部隊の一部は、全艦隊の外二キロメートルの円周にそい、はるかな高度をとって、ぐるぐる旋回し、夜暗とはいいながら不意打の敵に対する警戒を怠らなかった。
 ああなんという堅い陣形であろう。海面、海底、空中の三方面に対し、いささかも抜目のない厳戒ぶりであった。さすがにこれこそ世界一の海軍国として、古き伝統を誇る英国艦隊の出動ぶりであった。
 風はしきりに吹き募り、暗夜の海面に、波浪は次第に高い。赤や青や黄の艦艇の標識灯さえ、ときには光を遮られ、しばらく見えなくなることさえあった。それは艦首にどっとぶつかる怒濤が、滝のように甲板上に落ちてくるせいだった。
「ほう、外はいよいよしけ[#「しけ」に傍点]模様だな」
「うむ。しかし不連続線だそうだよ。いまにはれるだろう」
 細い艦内通路を、肩をならべて歩いてゆく若い士官の会話だ。
 出航用意からはじまってここまで、まるで火事場のような忙しさの中にきりきり舞をしていた飛行島の乗組員たちは、やっと一息つく暇を見出した。艦内士官酒場へ入ると、そこではしきりにコップのかちあう音がきこえ、葉巻の高い香が匂っていた。
「一たいこれからわが飛行島は、どんな任務につくのかなあ」
 若い機関部の士官が、これはまた頼りない質問を、ある主砲の分隊付をしている同僚に出した。
「なんだ、これからどんな任務につくのかだって、そいつは、いくら機関部だって、ひどい質問だ。分かっているじゃないか、日本の本土を南の方角から強襲するのだ」
「やっぱりそうか。南の方から強襲するのか」
「なあんだ、君にも分かっているんじゃないか」
「そういう話は、機関部でも、もっぱらの噂なんだ。しかしそう簡単に、敵の本土に近づけるかなあ」
 と、たいへん心配そうである。


   極秘の作戦


「ははあ、分かった。君は日本の艦隊がどのように猛烈な抵抗をするか、それを心配しているんだろう」
 と、分隊付の士官は、赤い顔を前につきだした。
「そうさ。大きな声ではいえないが、連盟脱退後の日本艦隊はどこまで強いのか、底力の程度がわからないてえことだぜ」
 機関士官は、だいぶん恐日病にかかっているらしい。
「心配するな。こっちの作戦にもぬかりはないんだ。いいかね、こうなんだ。近くウラジボを根拠地とするソ連艦隊が、北方から日本海を衝こうとする一方、われわれは南から同時に衝く。そうなると日本の艦隊は、いきおい勢力を二分せにゃならんじゃないか。そこが付け目なんだ。日本の艦隊をして、各個撃破の挙に出でしめないのが、そもそも英ソ軍事同盟の一等大きな狙所《ねらいどころ》なのだ」
「ふーむ、うまいことを考えたなあ」
 機関士官は、嬉しそうに、はじめてにやりと笑った。
「それみろ、いくら優勢海軍でも、二分されては、一匹の鮫
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