が飛行島の試運転は、いま上々の成績でもって終了しようとしているではありませんか。ここで当然、考えておかねばならぬ大問題です」
と、スミス中尉は、若いに似合わず頑固だった。
リット少将の眼が、ぎろりと動いて、副官の視線とぶつかった。
副官は、あわててスミス中尉の肩をおさえ、
「おい、もうよせというのに……。なあに、彼等は飛行島めごく一部分だけを知っているのにすぎない。だから秘密が洩れるといっても、飛行島全体の秘密がむきだしにわかるというのではない。それに、彼等には、相当の金をつかませて、かたく口止をするつもりだ。だから心配は少しもない」
「そうですかなあ。私には合点出来ませんね。それにあの杉田水兵なんかも、まだあのままにしてあるではありませんか。川上機関大尉を片づけてしまった後に、あれだけ生かしておいて一たいどうするつもりです」
すると少将は、にやりと笑い、
「君は杉田水兵を殺したがって仕方がないようだが、あれはわけがあるのだ」
「はあ、わけと申しますと、……」
「さきにわれわれは川上機関大尉の容疑者を数名射殺したが、万一あの容疑者のほかにほんとうの川上機関大尉がのこっていたときはどうなるだろう」
「おお、閣下は、まだ川上が生きているとおっしゃるのですか」
「いや、たとえ話をしているのじゃ。万一川上が生きていてもじゃ、杉田さえ生かしておけば、彼はきっと杉田の身の上を心配して、病室付近に現れるだろう。そこを捕らえれば、一番てっとり早いではないか。つまり杉田は、川上を釣りだすための囮《おとり》なのじゃ」
「驚きましたね、川上が死んだのに、囮を飼っておくなんて……凡そ馬鹿らしい話ではありませんか」
と、川上捜査に先頭をきって働いたスミス中尉だけに、その不満は、尤もだった。
もしいたずら好きの神様があって、この若い中尉を、第四エンジン室に引張っていって、そこに働いている東洋人カラモを見せてやったらどんな顔をするであろうか。リット少将は、さすがに人の上にたつだけあって、英国人らしい深い注意の持主だった。
このため、司令塔のうちが、ちょっと白けた。リット少将はそれをまぎらすためか、潮風のふきこむ窓から首を出して、暗い外をのぞいた。
点呼命令
全速三十五ノットの烈風がふきこむ。
暗い海面からは、生温かい海水が滝のように甲板の上にふってくる。
よく見ると、赤、青、黄、いろとりどりの標識灯が、飛行島の艦形をあらわしている。
護衛の飛行隊は、ずっと前方に出ていっているようだ。
両舷の彼方には、駆逐艦の灯火が見える。天候のせいか、それとも飛行島のあおりをくってか、駆逐艦は大分動揺しているようだ。
囂々《ごうごう》たる機械音が、闇と海面とを圧していた。
飛行島の警衛は、完全のようであった。
いまは試運転中ではあるけれど、このような大袈裟な陣形が、やがて飛行島の渡洋攻撃のときにも採用されるのではなかろうか。
リット少将は、艦隊司令官になったような気で、大得意であった。
その時、副官が、リット少将の背後に近づいて声をかけた。
「閣下、警備飛行団長から、祝電がまいりました」
「ほう、祝電が」
「飛行島の竣工と、無事なる試運転を祝す――というのであります」
「無事なる試運転か。そうじゃ、この分なら試運転もまず無事に終りそうじゃな」
その通りであった。いま試運転が終ろうというのに、ただの一回も、非常警報の警笛をきかない。彼の重任は、紙を一枚一枚めくりとるように、軽くなってくるのであった。このかたい護衛の網を破って、うかがい寄る曲者があろうとはどうしても思えなかったからである。
「閣下、また祝電がまいりました」
「ほう、すこし気が早すぎるようだが、こんどは誰からか」
「警備艦隊司令官からです」
「おおそうか。いよいよほんとうに、試運転は無事終了らしい。これは思いがけない幸運だった。外国のスパイ艦艇は一隻も近よらなかったし、これでわしは、世界中の眼をうまく騙しおおせたというわけかな。あっはっはっ」
リット少将は、心から、安堵の色をみせるようになった。
「では、艦内検閲点呼を命令せい。これで試運転は無事終了ということにしよう。警備隊の方へも、同様にしらせるがいい」
「はい、かしこまりました。全艦および警備隊に、検閲点呼を命じます」
副官は、通信班に通ずる伝声管のところへかけつけた。
号令は、全艦隊にひろがった。
全速力航進のもとにおける検閲点呼は、もっとも重大な意味があった。乗組員なり機関なりが、どんな工合にはたらいているかが、もっとも明らかに知れるのである。
この検閲点呼がすむと、飛行島をはじめ全警備隊は、速力をゆるめ、方向を百八十度転じて、夜明までに元の位置にかえることになっていた。
おそらく近海の寝坊
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