ノット。
 もうすこしで、飛行島は最大速力を出すところだ。
 飛行島の心臓部であるエンジンは快調をつづけている。何という頼もしさ。大英帝国が、平和の飛行場として建造した飛行島が、超大航空母艦として、真におどろくべき実力をもっていることは、最早、疑う余地はなくなった。
「うーむ」ケント兵曹はうなった。飛行島の大事を思うて、フランク分隊長をとめはしたものの、もしこれが本物のカワカミであったら、このままにしておくことは出来ない。
 といって、今、この男を射殺すると、あとはどうなる。第四エンジンは、誰がうごかすのだ。飛行島の試運転はどうなるのだ。その時のリット少将の驚きと怒……はじめから何もかもリット少将に報告しておけばよかったものを、機関部の不名誉と責任問題になると思って、部内でこっそり後始末をしようとしたのがいけなかった。今となっては、リット少将に報告することさえ恐しいが、何にしても飛行島の運命にかかわる重大事だ。
(そうだ!)
 とケント兵曹は、とっさに決心して、
「フランク大尉。もうこうなった以上、恥をしのんで、何もかもリット少将閣下に、報告してその指揮を仰いだ方が上分別ですぞ」
「なに、リット少将閣下に――」
 フランク分隊長は、きっと顔をこわばらせた。
 が、とっさに決心すると、ピストルをケント兵曹にわたして、東洋人カラモを監視せしめ、自分は電話をかけにいった。
 それからものの五分間ほどして、フランク大尉はふたたび第四エンジン室にかえってきた。彼の顔はさらに大きな興奮に青ざめていた。
「どうしました。フランク分隊長」
 と、ケント兵曹は聞いた。
 しかしフランク大尉は、何もいわずにケント兵曹の手からピストルをもぎとった。
「もしフランク分隊長。リット少将閣下は、一たいどうおっしゃったのですか」
 ケント兵曹は、かさねて聞いた。
 フランク大尉は、それに答えようともせず、石像のようにつったったまま、変装の川上機関大尉にしっかり銃口を向けている。
 そのとき司令塔からは、また次の命令が川上機関大尉のところへ伝わってきた。
「最大速力三十五ノットへ――」
「はい、最大速力三十五ノットへ」
 川上機関大尉は、またあざやかな手つきで、エンジンの廻転数を上げた。それを後からフランク大尉は、いまいましそうににらみつけている。一たい、どうしたというのだ。
 彼はリット少将に、何をいわれてきたのであろうか。
 川上機関大尉は、相変らずフランクを嘲笑するようにおちつきはらって、エンジンの操作をつづけるのであった。ああ、それにしても何という奇妙な事実であろう。彼はフランク大尉のピストルの監視下にあって、敵国のために最も重大な役わりを懸命に果しているのであった。


   試運転成功


 こちらは司令塔の中である。リット少将は一分も隙のない軍装に身をかため、すこぶる満悦の面持であった。
「副官、すばらしいのう。飛行島は設計以上の出来ばえじゃ」
 飛行島建設団首脳部は、いつの間にやら、大航空母艦飛行島司令官および幕僚となっていた。
「リット閣下のおっしゃるとおりです。この上は、飛行島の威力をひた隠しに隠して、他日○○国と戦いをまじえますときに、敵の度肝を奪ってやりたいものですね」
 副官はそういって、やがて○○国攻略の海戦に、この飛行島を参加させ、○○湾付近で大手柄をたてるであろうところを想像して、にやりとほくそ笑んだ。
「そうです、そのことです。飛行島の秘密をあくまで隠しおおすことですが――」
 と、突然口をはさんだ青年士官があった。それは外ならぬリット少将お気に入りのスミス中尉であった。川上機関大尉の拳固の固さをしみじみと知っているあのスミス中尉であった。
「ああ、私はそれが心配でなりません。いまこの飛行島に働いている技師と労働者は、その数が三千人にのぼります。印度人あり、中国人あり、フイリッピン人あり、暹羅《シャム》人あり、それからまたソ連人、アメリカ人、フランス人、わが英人など、およそ世界各国の人種をあつめつくしている観があります。やがてこの飛行島の工事がおわり、彼等が夫々《それぞれ》故国にかえった暁にはどうなりましょうか。この飛行島の秘密は、いやでも洩れてしまいます。この工事は、はじめからこの点に手ぬかりがあったようです。すべて英人と印度人だけではじめるべきでした」
「なにをいうか。スミス中尉」とリット少将はかるくいましめて、
「そんなことは心配ない、今からそういうことを問題にして、つまらぬ騒をおこさせてはならぬ」
「ですが、閣下。私はほんとうに心配なのです」
「これ、もうよしたまえ、そんな話は――」
 と副官がたしなめたが、スミス中尉は、ひっこんでいなかった。
「だが、これほど重大問題を、このままにしておいてよいでしょうか。ことにわ
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