うに艦橋に突立っている。
「聴音班報告。柳下機は近づきました」
「うむ」
 と艦長は、うなる。
 伝声管が鳴って、当直入野一等兵曹がかけよる。
「艦長、無電班報告。英海軍駆逐機隊の無電交信を傍受せり。方向は、東南東、距離不明なれども、極めて接近せるものと認む」
 発信符号をしらべてあるから、無電の主は何者だと、すぐに分かるのだ。
 これを聞いて水原少佐は、唇をかんだ。
 しかしはじめの決意はすこしも変らなかった。
「艦長。監視班報告。左舷十度、高度五百メートルに艦載機の前部灯が見えます」
 おお柳下機だ。いよいよ戻ってきたのだ。
「信号灯点火、本艦の位置を示せ」
 号令とともに、艦首と艦尾に、青灯と赤灯とがついた。
「艦載機帰艦用意――探照灯、左舷着水海面を照らせ」
 艦内は号令を伝える声と、作業にかけまわる水兵たちの靴音やかけ声で、火事場のような騒であった。
 前檣からは、青白い探照灯がさっと波立つ海面を照らしつけた。
 もうこうなっては何もかもむきだしだ。英国機はもう頭上に来ているかも知れない。が、今はそんなことを心配している場合ではない。
 艦長水原少佐は厳然とかまえている。いざという時にびくともしない沈勇ぶりは、さすがにたのもしい限りだ。
 爆音は、もうそこへ近づいた。
 ばしゃーっという水音に続いて、どどどどどど。
 探照灯に照らし出された海面へ叩きつけるようなフロートの響。
 おおまぎれもなく柳下機だ。
 機は水面を一二度弾んでから、プロペラーをぶりぶりぶりと廻転させつつ、たくみに本艦に接近してくる。
 飛行班員は総員波にあらわれている甲板上で大活動を始めた。起重機の腕はしずかに横に伸びてゆく。その上によじのぼって繋留索を操っている水兵がある。いずれも人間業とも思えない敏捷さだ。
 海面を滑って来た柳下機が、起重機の腕の下をくぐろうとした時、繋留索はたくみに飛行機をくいとめた。
 水上機は波間より浮きあがった。
 飛行帽に飛行服の柳下空曹長の姿が見える。
 起重機はぐーっと動きだした。
 艦橋の上では艦長以下が固唾をのんでこの繋留作業の模様をみつめている。
 このとき艦橋当直下士官が叫んだ。
「艦長、聴音班報告です」
「おう、――」
「敵機襲来。その数六機。いずれも本艦頭上にあり。おわり」
「本艦頭上か。よし」
 次は急降下爆撃とおいでなさるか。
「作業、急げ!」
 甲板上では、飛行班の指揮者が呶鳴っている。
 と、その時左舷の方にあたって、眼もくらむような大閃光と同時に艦橋も檣も火の海!
 だだだーん、がががーん。
 ひゅうひゅうひゅう。ざざざざっ。
 天も海もひっくりかえるような大音響だ。
「空爆だ!」
「作業、急げ!」
「総員、波に気をつけ!」
 大きなうねりが、艦尾から滝のように襲いかかってきた。
 艦橋も檣《マスト》も起重機も、そして艦載機も、その激浪にのまれてしまったかと思われた。二千トンの潜水艦が、木の葉のようにゆれる。
「作業、急げ!」
 この騒ぎの中に落ちついた号令がたのもしく聞えた。
 水原少佐は全身ずぶぬれになったことも知らぬ気に繋留作業をみつめている。
 いま爆弾を落した敵機群がどこにいるのか、知らぬといった顔であった。
 がらがらがら、がらがらがらと、鎖は甲板を走る。号笛《パイプ》がぴいぴいと鳴る。
「よし、うまくいった。そこで一、二、三」
 ついに艦載機はうまく格納庫に入った。
 鉄扉は左右から固くとじられた。
 たたたたたっと、作業をおえて甲板を走ってかえる飛行班の兵員たち。
 天佑であったか、爆撃下の難作業は見事に成功したのだった。
 艦長は、はじめてにこりと笑って、爆音しきりにきこえる暗空を見上げた。そして、「急ぎ潜航用意、総員艦内に下れ!」
 と号令した。
 まことに水ぎわ立った引揚であった。
 甲板からも、艦橋からも、人影が消えた。艦はすでに波間にぐんぐん沈下しつつある。
 嚇かしのように、こんどは艦首はるか向こうに爆弾が落ちて、はげしい閃光と、見上げるように背の高い水柱と、硝煙と大音響と波浪が起きたけれど、わが潜水艦はまるでそれに気がつかないかのように、黒鯨のようなその大きな艦体をしずかにしずかに波間に没しさったのであった。


   壊れた窓硝子


 飛行島の鋼鉄宮殿の中。
 そこは重傷の杉田二等水兵がベッドに横たわっている病室であったが、入口の扉《ドア》を背に、可憐な梨花がしくしく泣いている。
「梨花。こんなたいへんなことをしでかして、お前どう詫びますか」
 と、かんかんになって怒っているのは、白人の看護婦だった。見れば、病室の大きな窓硝子《まどガラス》が二枚も、めちゃめちゃに壊れている。
 床の上には、雑巾棒がながながと横たわっている。
 白人看護婦に叱りつけられて、
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