小さな窓から、人間の眼が一つのぞいた。張がその眼に向かって、なにか早口でしゃべると、窓はまた元のようにぱたりとしまった。
しばらく待つうちに、扉がぎいと内側へ開いた。
張は杉田二等水兵に、さあ入れと手まねで扉のうちを指さした。室のうちは真暗だ。入口に近い板の間に、胴中から壊れたウイスキーの壜が転がっている。そしてぷーんと強い酒の匂いが、杉田の鼻をついた。
(これは油断のならぬ場所だぞ)
と、杉田は入りかけて躊躇していると、いきなり後からいやというほど前へつきとばされた。張が不意に力いっぱいつきとばしたのだ。
「あっ、――」
という間もない。杉田はどーんと扉もろとも室内に転げこんだ。
「うーむ!」
転げこんだ拍子に、杉田は大きな箱のようなものの角で、いやというほど向脛《むこうずね》をうちつけ、どたんと床に倒れた。
「しまった。欺《だま》しやがったな」
杉田は痛手をこらえよろよろと起きあがると、いま入ってきた入口の扉の方へ突進した。
扉のところには、さっきのボーイが立っていた。そのボーイの手には、いつの間にかピストルが握られていて、きらりと光った。
「近よれば、ぶっ放すぞ」
といわんばかりである。
「うーむ、こいつが……」
杉田二等水兵は、怒心頭《いかりしんとう》に発し、顔を朱盆のように赤くして、中国人ボーイを一撃のもとに――と思ったが、そのとき彼の後で、
「わっはっはっはっ」
と、破鐘《われがね》のように笑う者があった。
「何者?」
杉田が、はっとして後をふり向くと、その薄暗い室のまん中に、空箱を椅子にしてふんぞりかえっている髪の赤い大男! 腰から上は申しわけばかりのシャツをまとい、たくましい腕にはでっかい妙な入墨をしている、見るからに悪相で、一癖も二癖もあるような白人だ。
その横には、これも眼玉の青い唇の真赤な白人の若い女が、ぺたりとくっついていて、前の卓子《テーブル》には、酒壜やコップがごちゃごちゃ並んでいた。
「野郎、おとなしくせんか。あばれると、これだぞ!」
と、かの入墨の大男は、どこで仕入れてきたのか、流暢なべらんめえ言葉で呶鳴ると、傍《かたわら》から、長い黒いものをとって小脇にかかえた。見れば、それはアメリカでギャングの使う軽機関銃であった。
杉田は仁王立になって、この白人を睨みつけた。
「おい、日本の水兵、川上という士官が、こ
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