あのように涙を流して泣いています」
 と、中尉は得意そうに相槌をうった。
 杉田は、いつまでも声をあげて泣きつづけていた。
 ああ、われらの川上機関大尉は、武運つたなく、遂に冷たい亡骸となり果ててしまったのであろうか。――
 諸君!
 嬉しいことには、事実は全くの反対であったのだ。杉田二等水兵は、嬉し泣きしているのであった。その死体は、見も知らぬ中国人であったのだ。
「川上機関大尉は、どこかに必ず生きている!」
 そう思うと、嬉し涙が、あとからあとからと湧いて停らない。それをリット少将たちは、悲しみのあまり泣くのだと誤った。
 日本兵は嬉しい時には泣くけれど、悲しい時には一滴の涙をも出さぬように修養しているのを知らなかったのだ。
 ああ川上機関大尉! と叫んだのは、杉田が早くもこの場の空気を感づき、自分が上官の首実検に使われているなと知って、一世一代の大芝居をうったのであった。
 日本の一水兵の作戦は十分効を奏した。そしてリット少将以下の飛行島の幹部は、すっかり騙されてしまった。
(これでいい。川上機関大尉の捜索隊は、これで解散になるだろう)
 と、杉田は泣きながら、上官の武運を祈った。
 飛行島の幹部連は、すっかり安心してしまった。
 それにしても一たい川上機関大尉は、どうしてあの難を免れたのだろう。それはいずれ彼が再び諸君の前に現れるとき明らかとなるであろう。
 南シナ海にようやく風が出て、波浪が高くなってきた。この時、連合艦隊から重大命令をうけた、わが最新潜水艦ホ型十三号は一路飛行島に近づきつつあった。


   哨戒艦現る


 半かけの月は水平線の彼方に落ち、南シナ海は今やまっ黒な闇につつまれている。
 昼間の、あの焼けつくような暑さは、もうどこへやら潮気をふくんだ夜風が、刃物のように冷たい。
 風がつのってきたらしく、波頭が白く光る。それがわが潜水艦ホ型十三号の艦橋に立つ当直下士官の眼にも、はっきりわかった。
 艦は今、鯨のような体を半ば波間に現し、針路を西南西にとって、全速力で航行中だった。舳《へさき》を咬む波が、白い歯をむきだしたまま、艦橋にまで躍りあがってくる。
 当直下士官は、すっかり雨合羽に全身をつつみ、胴中を鉄索にしばりつけて、すっくと立っている。
 頭巾の廂からぽたぽたと潮のしずくが垂れる。すると風が下からどっと吹きあげ、霧のようになって顔
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