た。甲板には、救命艇の位置へいそぐ船客たちが、互いにぶつかり転り踏みつけあい、くらがりの中に、がやがや立ちさわいでいるばかりだ。
 沈没までに、あと二十分とは、もたない。
 房枝は、どこにいる。ニーナ嬢は、なにをしている。帆村探偵は、どこへいったのであるか?
 このさわぎの中に、くらがりのマストのうえで、獣《けもの》のように、からからと声をたてて笑いつづける者があった。誰も、さわぎの最中のこととて、この怪人物に気づく者はなかったが、この人物は、意外も意外、それは死んだとばかり思っていたトラ十であったではないか。

   沈没《ちんぼつ》迫《せま》る

 ああ。なんという不運な雷洋丸よ!
 もうあと一日たてば、母国の横浜港にはいれるところまで、もどってきたのだ。ところが、とつぜん、この大遭難である。これを不運といわないで、どうしようぞ。
 なぜ、第一船艙が、とつぜん爆発したのであろうか?
 そんなことを、いま、しらべているひまはない。なぜといって、いま雷洋丸はぐんぐんと左舷《さげん》へかたむいていく。
 船客たちは、てんでに、なにかしら、わめきつづけている。なにしろ、船内の電灯は、はやく
前へ 次へ
全217ページ中64ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング