は、房枝の目をみてうなずいた。
(そうか、そうか。あの一件のことを苦にやんでいるのか。むりもない)
 団長は、房枝が、今夜の呼び出し事件のことでおびえており、だれにもあいたくないんだろうと察した。
「おいスミ枝、房枝のいうとおりにしなさい」
「え、ことわってしまうんですか。あら、おかしいわね。御祝儀《ごしゅうぎ》がいただけるのに、房枝さんは慾がないわねえ」
「こら、なにをいう。スミ枝、早くそういってくるんだ」
 と、団長が叱りつけたので、スミ枝はあわてて、そこを出ていった。
「団長さん、あたし、もうこの仕事を、やめたくなりましたわ」
「なにをいうんだ。気のよわい。このミマツ曲馬団は」
 などと、黒川が歴史などをもち出して、房枝をはげましていると、そこへまたスミ枝がかけこんできた。
「あ、房枝さん。たいへん、たいへん」
「まあ、どうしたの、スミ枝さん。たいへんだなんて」
「だって、たいへんよ。あの奥様に、あんたが病気で楽屋で寝ていると、あたし、いわれたとおりいったのよ。すると、あの奥様はそれはたいへん、そういうことなら、ぜひお見舞いしないでいられません、楽屋はどっちでしょうかとおっしゃる
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