、あの人が、今、自分のそばにいてくれれば、こうも不安な、そして孤独な気持にもならないですむだろう。曾呂利本馬の芸名で一座に戻ってくることは、もちろん不可能であろうけれど、せめて、房枝たちのため、相談役にでもなってくれれば、ずいぶん皆は、よろこぶであろう。その中でも房枝自身は、他のだれよりもうれしいのであるが。
 帆村荘六が、奇蹟的に一命をとりとめて、無事帰りついたことは、新聞で知った。房枝はそののち、なんとかして帆村に会いたいものと、思いつづけたのであったけれど、その帆村の住所を忘れてしまった。だから、手紙を出したくても、出すことができないのだった。
 そういう場合には、帆村の記事を出した、新聞社へ頼めば、たいてい、親切に先方の住所を調べ出して連絡してくれるのであるが、房枝は、まだ世間なれしないため、そういう方法のあることを知らなかった。
「ああ、帆村さまにお会いしたいわ。たった一度きりでいいから」
 房枝が、そんなことを、しきりに考えているとき、彼女のうしろを一台の自動車が走りぬけた。そして、そのすこし先で、車は水たまりにとびこんで、ひどい音をたてて水をはねかせた。
「まあ、しつれい
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