。肩のところを銃弾でうたれ、ほんのちょっとの間、気をうしなっていたのだ。
「大丈夫だ、おれは」と、彼は肩をおさえて立ち上った。
「ピストルをうった奴をさがしだせ。その窓からうったのだ」
 といって、彼は、あたりをふしぎそうに見まわしていたが、
「おや、船長、いませんよ」
「いないとは、誰が!」
「訊問《じんもん》中の曾呂利が」
「おお、曾呂利君が、銃声がきこえたとたんに、あっと叫んでたおれたのを見たよ。どこか、そのへんに、たおれていないか」
「さあ」
 一等運転士は、船員たちにも命令して、そのへんをさがさせた。
 しかるに、曾呂利本馬の姿は、どこにも発見されなかったのである。
「へんだなあ。どこへいってしまったんだろう」
「うん、たしかに、弾があたって、たおれたのを見たのじゃが」
 たおれた曾呂利本馬、いや帆村探偵の姿は、どこかに、かき消すように失《う》せてしまったのであった。
 そのとき、外が、そうぞうしくなった。しきりに船員がののしっている。
「おい、一等運転士。あれは、どうしたのか」と、船長はあごで外をさした。
 一等運転士は、肩口をおさえたまま、外にとびだした。
 するとそこには、船員と水夫とが、一人の若い女をおさえつけていた。
「ああ、一等運転士。この女です。ピストルをうったのは」
「なにっ」
「窓から、中をのぞいていたのです。私が、懐中電灯でてらしつけると、にげだしました。やっと、捕《とら》えたのですが、附近に、このピストルが落ちていました」
「ふーん、それはほんとうか。見れば、まだ年の若い娘のようだが、おや、君はミマツ曲馬団の」と、一等運転士はあきれ顔であった。
 房枝だ!
 狙撃犯人《そげきはんにん》として、そこに捕えられていたのは、房枝だったのである。
 そんなことがあって、いいであろうか。
 房枝は、まっ青になって、肩をふるわせている。
「ちがいます。あたくしじゃありません。ピストルをうつなんて、そんなことのできるあたしではありません」
「そうでもなかろう。曲馬団の娘なら、ピストルなんか、いつもぽんぽんとうっているではないか」
「いいえ、ちがいます。ピストルのことは、なにも知らないのです。ただ」
「ただ?」
「ただ、曾呂利さんが、船長室へ引っぱりこまれたので、心配になって、ここへ上ってきたのです」
「それから、ピストルを出して、あたしの肩をうったのだろう」
 と、一等運転士は、いたそうな顔をして、房枝をにらんだ。
 そのとき、人々をかきわけて、背の高い、そして色眼鏡《いろめがね》をかけた一人の若い紳士が、すすみ出た。
「ピストルをうったのは、その娘さんではない。別の女です」
「おや、誰です、あなたは、見かけない方だが」
 と一同の眼は、とつぜん現れた若い紳士の顔にあつまった。
 房枝も、自分をかばってくれるその紳士の顔を見たが、おどろきのあまり、あっと叫ぼうとして、あやうくこえをのんだ。

   動かぬ証拠《しょうこ》

「私が誰であろうと、そんなことは、二の次の問題です」
 とその見なれない青年紳士は、一等運転士たちを制し、
「それよりも、ピストルをうったのは、この娘さんではないのですから、そんなに手あらくしないで、まず娘さんのからだを、自由にしてあげてください」
 と、彼は、しっかりしたこえで、房枝をかばった。
 だが、船員たちには、なんのことだかわけがわからない。房枝は、たしかに船長室の窓の外に立っていたし、しかも、ピストルを手ににぎっていたのである。だから房枝が、やったことは明らかだ。それにもかかわらず房枝がやったのではないというその青年紳士こそ、気がどうかしているのではないかと、みな彼をあやしんだ。
「あなたは、誰だか知りませんが、後へ下っていてください。私たちはれっきとした証拠があるから、この怪《け》しからん女を、とりおさえているのだ」
 一等運転士は、ピストルでうたれた肩口をおさえつつ、気丈夫《きじょうぶ》にもきっぱり叫んだ。
「れっきとした証拠ですって。れっきとした証拠なら、こっちにもありますよ。ただし、この少女がピストルをうたないという証明になる証拠なんです」
 と、青年紳士は、あくまで、房枝をかばうつもりと見える。
「あなたは、まるで探偵みたいな口をききますねえ。われわれも、ほんとうの証拠があるのに耳をかさないというわけではないのです。あなたに自信があるなら、いってごらんなさい」
「では、いいましょう。なあに、かんたんなことなんです」
 と、青年紳士は窓のところへよった。なにをするかと、一同が目をみはっていると、窓の枠《わく》のところを指し、
「ここをごらんなさい。窓わくの、ここのところが、黒くいぶっています。これはピストルをうったとき、火薬の煙で、こんなにいぶったのです。この事実は、一
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