、八割ぐらいの火災で、二割がたは焼けのこっていた。だが焼けのこっているものも、どれ一つ満足なものはなかったのである。
「だって、あたし、ミマツ曲馬団のものなんですのよ。ゆうべ、団長の黒川さんが、丸ノ内で負傷したので、それを介抱《かいほう》して、ここにはいなかったんですの。新聞をよんで、いそいで様子を見に戻ってきたんですわ」
房枝は、けんめいになって、事情を説明した。
「なんだって、ミマツの団員で、ゆうべ、ここにいなかったというのか。おお、それは逃がさんぞ」
警官は、房枝の手を、しっかりつかまえた。
「お前の名は、なんというのか」
「房枝ですわ」
「房枝? そしてこっちの西洋人は?」
「あたくし、ミマツ曲馬団に関係ありません。房枝さんを車にのせて、ここまでとどけたのです」
ニーナが、こたえた。
「いいわけはあとにして下さい。だれであっても、一応しらべなければ、ゆるせません」
警官が手をあげたので、附近にいた警官たちが、応援のため、ばらばらとかけつけてきた。そして房枝とニーナとは、いやおうなしに、捕りおさえられてしまった。
「こっちへきなさい」
ニーナは、怒るかと思いのほか、あんがい平気であった。そして、惨事の現場《げんじょう》を、めずらしげにしきりに眺めていた。
房枝の方は、そんなに落ちついていられなかった。散らばった幟《のぼり》の破片《はへん》、まだぷすぷすといぶっている木材、なにを見ても胸がせまる。生きのこった団員は、どこにいるのであろうか。その姿が見えない。そしてこの惨事のほんとうの原因は何であったのか。
二人は、警官のため、前後をまもられて、その場を引立てられていったが、そのとき、ばたばたと駈けてきた男があった。
「おお、房枝さんですね。いつ、ここへかえってきたのですか」
そういった男は、外ならぬ帆村であった。
「ああ帆村さん。あたし、今ここについたところよ。皆さんのことが心配になって、焼跡へいってみようと思ったら、この警官の方におしもどされたのよ」
警官は、帆村の顔と房枝の顔とを見くらべて、
「おや、帆村さん。この女を知っているのですか」
「知っていますとも、これはこのミマツ曲馬団の花形で、房枝さんという模範少女ですよ」
「ほ、やっぱりほんとうでしたか。私は、こいつはあやしい奴《やつ》だと思いましてね。しかし、団員とあれば、他の団員も全部、警察におさえてあるのですから、やっぱりこの女、房枝といいましたかな、この房枝嬢も、連れていかなければなりません」
帆村は、うなずき、房枝の方を向いて、
「房枝さん、このミマツ曲馬団の火事には、いろいろうたがいがあるのです。火事を出したということよりも、火事のまえに起った爆発のことが、問題になっているのです。あなたも知っていることを、みんな警官に話してくださいよ」
と、注意を与えた。
「そうだ、帆村君のいうとおりだ」
部長の服をきた警官は、大きくうなずいて、
「房枝さん、あなたは、きっと知っているだろう。新聞には、ガソリンの樽がどうとかしたと書いてあるが、われわれは、そんなことを信じていない。どんな爆発物があったか、それを話してください」
帆村が来てくれたので、房枝に対する警官の態度は、にわかにていねいとなった。
房枝は、あの花籠のことを、いおうかどうしようかと思い、何の気なしに、ニーナの方をふりかえった。すると、さっきから房枝を見つめていたニーナは、なぜかあわてて目をそらした。
ひどい逆《さか》ねじ
「さあ、よくは存じませんが、あたしたちの曲馬団を爆破するかもしれないぞ、という脅迫状がきていたのです」
房枝は、ありのままをいった。そしてバラオバラコという名前のあった、その脅迫状のことをいった。
「その手紙を今持っていますか」
「いいえ、持っていません」
「どこにあるのですか。ぜひ見たいものだが。ねえ、部長さん」
と、帆村は、警官をふりかえった。
「そうだ、手紙を見れば、また手がかりもあるはずだ。その手紙はどうしたのですか」
「黒川団長が持っているはずです。団長さんは、ゆうべ重傷を負い、いまニーナさんのお邸でやすませていただいているのですわ」
「えっ、ニーナさんの邸?」
帆村は、そういって、ニーナの顔を仰いだ。
「そうです。あたくし、房枝さんと黒川さんとを助けました。ゆうべからけさまで、あたくし、いろいろ介抱しました。黒川さん、だいぶん元気づきましたが、まだうごかすことなりません」
「ほう、すると、ニーナさんは、ゆうべ黒川氏を助けてからのちは、一歩も外に出なかったのですか」
「そのとおりです。なぜ、そんなことを、たずねますか」
「いや、ちょっとうかがってみたのです。では、師父のターネフさんは、やはり邸にずっといられましたか。もちろん、ゆうべ、
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