来たその小さい袋を、しばらくひっくりかえしていたが、やがて気がついて、その小袋をあけて、中に入っていた神社のお札《ふだ》を出し、それから小袋の裏をひっくりかえして見た。そこには、大きなおどろきが待ちかまえていた。
「ああ、スミ枝ちゃん」
 房枝は、おどろきとうれしさとに、あとがいえなくて、ぶるぶるふるえる指先で、その小袋の裏を指すだけであった。
 その袋の裏には、赤い糸で「小雪」という字が縫《ぬ》いとってあった。
 ああ、小雪! 今こそ、房枝は、自分の本名が小雪であったことをはっきりと悟《さと》ったのである。そして自分が、あのやさしい彦田道子夫人の一粒種《ひとつぶだね》であることを知ったのであった。多分このお守袋は、彼女がミマツ団員の誰かに拾いあげられた当時、気のきいた女団員が、後日《ごじつ》のために、ひそかに二重のお守袋をつくって、房枝の膚《はだ》につけ、きせておいたものらしい。房枝とは幼少からの芸名だったのだ。
「やっぱり、あの奥様は、房枝さんのほんとうのお母さまだったのね。あたしも、うれしいわ」
 スミ枝はそういって、房枝の手をとった。
「ありがとう。ありがとう」
 房枝とスミ枝は、抱き合ったまま、声をあげて泣きだした。これが泣かずにいられるであろうか。
 かくして、房枝は、彦田博士の実子であったことが確定した。
 房枝のよろこびはもちろん大きいが、これを彦田博士や夫人道子が知ったら、どんなにおどろき、そしてよろこぶことであろうか。一刻も早く、道子夫人のところへ駈けつけて、名乗《なのり》をあげなければならない。
 だが、ここに、心配なことがある。房枝は、はたしてこれから両親の前に出て、なつかしい膝に顔をうずめることが出来るであろうか。なぜならば、おそろしき呪《のろい》の爆薬の花籠は、やがてものすごい音響をあげて爆裂することになっているのであった。深夜の研究をつづけている彦田博士のそばには、その花籠が飾られてあるのであった。
 房枝は、そんなことは知らず、ただもう夢中でよろこんでいたが、彼女のうしろには、まっ黒な悪魔が立っているのだ。
「おいおい、誰じゃ、そこにいるのは」
 眠っているとばかり思ってた黒川団長が、いつの間にかベッドの上に目をあいていた。房枝とスミ枝は、涙をそっと拭《ふ》いて、黒川の枕許に近づいた。
「ああ、房枝か、もう一人は、スミ枝だな。ここはど
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