あのきれは、奥様が自分の棄子に着せてやった袷《あわせ》の共ぎれなんだってよ」
「えっ、スミ枝ちゃん、何だって」
今の今まで、ろくにへんじもしなかった房枝が、これをきくと、急にものをいいだした。スミ枝は、あきれながらも、房枝が口をきくようになったことをよろこんで、くりかえし説明をした。
「あら、あたし、思いだしたわ」
房枝は、瞳を輝かせた。
「どうしたのよう、房枝さん」
「あ、たしかに、あれにちがいないわ。ねえスミ枝さん。あたしのお守袋《まもりぶくろ》の中に、あの手箱と同じ梅に鶯《うぐいす》の模様のメリンスのきれで作った小さい袋が入っているのを思いだしたのよ」
「それ、ほんとう。じゃ、見せてごらんなさい」
「あ、そのお守袋は、ここにはないのよ」
「じゃ、しょうがないじゃないの。どこへやってしまったの」
「黒川団長の胸にかけてあんのよ」
「あーら、なぜそんなことを」
「だって、黒川団長が、あのとおりの大怪我で重態《じゅうたい》でしょう。なんとか持ち直すようにと、あのお守袋を胸にかけてあげたのよ。じゃ、これからすぐ、黒川団長のところにいってみましょう。あたし、それが同じだかどうだか、早くしらべてみたいわ」
そこで、房枝とスミ枝とは、いそいで黒川の寝ているターネフ首領邸へ急ぐこととなった。黒川は、あれ以来、ずっと屋敷の一室に、呻吟《しんぎん》しているのであった。
はたして、そのお守袋の中にあるものは、あの小箱と同じきれであるか。房枝は、胸をおどらせているが、たとえそれが同じきれであったとしても、房枝は房枝であり、決して小雪ではないから、さわいでも無駄なのではあるまいか。しかし房枝の胸は、わくわくして仕方がなかった。
一大事《いちだいじ》近《ちか》づく
ターネフ首領邸へ、こっそり帰ってきた房枝とスミ枝は、そっと黒川団長の寝ている部屋へすべりこんだ。
黒川団長は頭部に繃帯《ほうたい》をして、苦しそうな寝息をたてて眠っていた。
房枝は、スミ枝に目くばせをすると、手つだってもらって、黒川の胸にかけてあったお守り袋の紐《ひも》を切り、そっとはずした。
房枝の手は、ぶるぶるとふるえている。やはりスミ枝の手を借りて、お守袋を開き、中からうすよごれた小袋《こぶくろ》をとりだした。そのとき、房枝は、はっと息をのんだ。
「あ、同じきれよ」
房枝は、メリンスのきれで出
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