曾呂利青年は、さらにこえを低くして、
「あなたは、まだほんとうに気がついていないのですね。その怪しい事件というのは、ほかでもありません。団長の松《まつ》ヶ|谷《や》さんが、やっぱりさっきから、行方不明《ゆくえふめい》になっていることです」
「えっ、松ヶ谷団長が?」と、房枝は、意外なことをきいて、びっくりした。
「曾呂利さん。あなたはどうして、そんなことを、お知りになったの」
 誰が、そんなことを知っているだろうか。それを知っているのは、この謎の青年、曾呂利本馬だけではないか。房枝はさっきから、この曾呂利青年に、たしかにあやしい節《ふし》があるとにらんでいたので、ことばするどく問いかけた。
 しかし曾呂利は、あんがいおちついた態度で、
「いやなに、僕は、べつに団長の船室へいって、それをたしかめたわけではないのですが、ただそういう気がするのです」
「うそ、うそ。曾呂利さんは、ずるいわ。ほんとうのことを、おっしゃらないのね」
「今いっているのは、ほんとうのことですよ。だって、誰にだって、そういうふうに考えられるではありませんか」と、事もなげに、いってのけ、
「ねえ、いいですか。トラ十のことで、これだけ、皆がさわいでいるのに、かんじんの松ヶ谷団長がちっともあらわれないではありませんか。あの耳の早い、そして人一倍に口やかましい団長が、なぜ、ここへとんでこないのでしょう」
「あら、そうね」
「ね、わかるでしょう。ミマツ曲馬団の中に起ったトラ十事件のさわぎをよそにして、ここへかけつけないところを思うと、これはどうも、団長も、行方不明になっているのじゃないかと思うのです」
「まあ、曾呂利さん。あなたはこれまで、青い顔をした、いくじのない方だと思っていたけれど、今日は、とても、すばらしいのね。まるで名探偵そっくりだわ」
「房枝さんは口が上手《じょうず》だね。そんなに僕をひやかすのは、よしにしてください」
「いや、ほんとうのことをいっているのよ。あたしいつだか、新聞だったか、本だったかで読んだのですけれど、帆村荘六《ほむらそうろく》という名探偵があるでしょう。その名探偵帆村荘六のことを、今思い出したのよ。そう名探偵は、背が高くて、青い顔をしていて、唇をへの字にまげるのがくせなんですって」と、いいながらも、房枝は、目の前にいる曾呂利本馬が、ひどく帆村荘六に似ていることに気がつくと、なんだ
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