あがった船客たちは、このとき、ようやく人心地《ひとごこち》に戻った。
「おや、爆撃は一発でおしまいで、もう怪飛行機はにげていったか」
「ちがうよ。爆弾なんか落しやしない。あの飛行機は、ただこの船の上を飛んで、われわれをおどかしていっただけだ」
 房枝も、そのころ、ようやくわれにかえったのだった。ふと気がついて、あたりを見廻すと例の謎の青年曾呂利本馬が、テーブルに頬杖《ほほづえ》ついて、こわいような顔で、なにか考えこんでいる様子であった。
 房枝は、こえをかけた。
「曾呂利さん。なにを考えこんでいるの」
 曾呂利は、はっとしたようすで、顔をあげた。かれの目は、きらりとするどく光っていた。だが、その目が房枝の目にぶつかったとたんに、ちょっとあわてる色が見えた。
(この人、ゆだんのならない人だわ)
 と、房枝は、曾呂利青年に、きついうたがいをかけないわけにはいかなかった。
「ああ、房枝さん。僕たちはとんでもない怪事件の中に、まきこまれてしまいましたよ」
 曾呂利本馬は、小声《こごえ》で、ささやくようにいった。
「とんでもない怪事件ですって、やっぱり、トラ十は殺され、美しい花籠は盗まれてしまったのですか。あの人は、ふだんから、にくまれているから、あたりまえよ」
 すると、曾呂利が、いそいで房枝のことばをとがめた。
「あたりまえだなんて、そんなことを、かるがるしく、いってはいけません。へんなうたがいが房枝さんにかかってくるかもしれません」
「でもあたし、トラ十を殺した犯人じゃないから、いいわ」
「なるほど」と、曾呂利はうなずいたが、房枝の方へ、さらにすりよって、
「房枝さん、ここに今、もう一つ、あやしいことが起っているのですが、あなたは、それに気がつきませんか」
 曾呂利は、もう一つ、あやしい事件が、すでに起っているというのだ。
「え? 飛行機のことですの」
「うむ、それもありますが、それはまた別にして、僕のいうあやしいことというのは、われわれミマツ曲馬団の中のことです」
「まあ。あたしたちの中に、まだ、あやしい事件が起っているとおっしゃるの。それは、なんですの。曾呂利さん、早くおしえてよ」

   しのばれる名探偵《めいたんてい》

 曾呂利青年は、妙なことをいいだしたものである。房枝は、この話をきいているうちに、いらいらしてきた。
「ねえ、早くおしえてよ。曾呂利さん」
 
前へ 次へ
全109ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング