、われわれが代りに食べるというわけにもいかない。すし[#「すし」に傍点]は、机の上においたなりになっていました。がそのうちに、思いがけない事件がもちあがったのです」
「ほう、猫の一件だな」
「そうなんです。私たちが、うっかりしている間に、警察署の小使が飼っている玉ちゃんという猫が、昨今《さっこん》腹が減っていると見え、いつの間にか机の上のすしを見つけ、紙包の横を食い破ると、中のすし[#「すし」に傍点]を盗んで食っているのです。『ああ猫がすしを食べている!』と、誰かがいったときには、もう二つ三つは、玉ちゃんの腹の中に入っていたのでしょうが、皆がさわぎだして、玉ちゃんのところへ飛んでいったのですが、そのときどうしたわけか、猫は逃げもせず、そこにうずくまっているのです。そしてだらだらよだれをたらしている。『変だな』と思ったときには、猫は、とつぜん大きなしゃっくりをはじめ、それからさわぎのうちに、冷たくなって死んでしまったのです。すし[#「すし」に傍点]の中には、毒が入っていたのですなあ」
「うむ、そうらしい。毒物は検定にまわしたろうね」
「もちろん、すぐまわしました」
 とこれは署長がこたえた。
 小使さんの猫玉ちゃんが、トラ十へさし入れのすしを盗み食いをして毒死した、という事件が、ここの署員たちをたいへん驚かせ、そして、田所検事へ急報せられたというわけであった。すしを持って来た男は、もちろん玉ちゃんを殺すつもりではなく、留置所につながれているトラ十を毒殺するつもりであったらしい。いったい何者であろうか、トラ十を殺そうとたくらんだ者は? そしてまた、なにゆえにトラ十の死が、望まれているのであろうか。ミマツ曲馬団の爆破事件以来、大活動をしている田所検事の最大の興味は、実にその点にあったのである。

   裏《うら》をかく棺桶《かんおけ》

 田所検事を中心に、会議はつづけられる。
「帆村荘六から、何か連絡はなかったかね」
 検事が思い出したようにそれをいった。
「ああ、帆村君の連絡ですか。このところ、さっぱり何もいってこないのですがね」
 と署長はいって、部下の顔を見まわし、
「おい、誰か、帆村君の消息を知っている者はおらんか」
 だが、誰も、これに答える者はなかった。一体帆村荘六はどこで何をしているのであろうか。房枝をすっかり怒らせてしまい、彼のところから房枝が逃げてしま
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