、八割ぐらいの火災で、二割がたは焼けのこっていた。だが焼けのこっているものも、どれ一つ満足なものはなかったのである。
「だって、あたし、ミマツ曲馬団のものなんですのよ。ゆうべ、団長の黒川さんが、丸ノ内で負傷したので、それを介抱《かいほう》して、ここにはいなかったんですの。新聞をよんで、いそいで様子を見に戻ってきたんですわ」
房枝は、けんめいになって、事情を説明した。
「なんだって、ミマツの団員で、ゆうべ、ここにいなかったというのか。おお、それは逃がさんぞ」
警官は、房枝の手を、しっかりつかまえた。
「お前の名は、なんというのか」
「房枝ですわ」
「房枝? そしてこっちの西洋人は?」
「あたくし、ミマツ曲馬団に関係ありません。房枝さんを車にのせて、ここまでとどけたのです」
ニーナが、こたえた。
「いいわけはあとにして下さい。だれであっても、一応しらべなければ、ゆるせません」
警官が手をあげたので、附近にいた警官たちが、応援のため、ばらばらとかけつけてきた。そして房枝とニーナとは、いやおうなしに、捕りおさえられてしまった。
「こっちへきなさい」
ニーナは、怒るかと思いのほか、あんがい平気であった。そして、惨事の現場《げんじょう》を、めずらしげにしきりに眺めていた。
房枝の方は、そんなに落ちついていられなかった。散らばった幟《のぼり》の破片《はへん》、まだぷすぷすといぶっている木材、なにを見ても胸がせまる。生きのこった団員は、どこにいるのであろうか。その姿が見えない。そしてこの惨事のほんとうの原因は何であったのか。
二人は、警官のため、前後をまもられて、その場を引立てられていったが、そのとき、ばたばたと駈けてきた男があった。
「おお、房枝さんですね。いつ、ここへかえってきたのですか」
そういった男は、外ならぬ帆村であった。
「ああ帆村さん。あたし、今ここについたところよ。皆さんのことが心配になって、焼跡へいってみようと思ったら、この警官の方におしもどされたのよ」
警官は、帆村の顔と房枝の顔とを見くらべて、
「おや、帆村さん。この女を知っているのですか」
「知っていますとも、これはこのミマツ曲馬団の花形で、房枝さんという模範少女ですよ」
「ほ、やっぱりほんとうでしたか。私は、こいつはあやしい奴《やつ》だと思いましてね。しかし、団員とあれば、他の団員も全部、
前へ
次へ
全109ページ中79ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング