したちが、一足先に来たというわけにちがいない。やれやれ気づかれがした」
黒川は、そういって、冷たい石段に腰をおろした。そのときである。とつぜん、階段の上から思いがけない人のこえがした。
「ふふふふ。さっきからこっちは待ちくたびれていたぞ」
「あっ!」
黒川は、それをきくと、石段からはねあがった。
襲《おそ》う者《もの》、追《お》う者《もの》
房枝も、ひじょうにおどろいた。
だれもいないと思った石段の上から、とつぜん一人の男が、とびだしてきたのだから。
(何者だろうかしら)
房枝は、うしろに身をひいて、ビルの壁にぴたりとよりそって、とつぜん、とびだした怪漢の顔を見定めようとする。
すると、その怪漢が、つかつかと下りてくると、房枝の手をぐっとにぎった。
「おい、房枝。にげたりすると承知しないぞ。むかしの仲間をそまつにするな。さあ、こっちへはいれ」
そういうこえに、房枝はおぼえがあった。そして闇の中にうかぶ顔を見れば、それは房枝の思ったとおり、元の座員のトラ十であったではないか。
「ああ、トラ十さんなのね」
「そうだトラ十さまだ。お久しゅうござんしたね。雷洋丸がやられたときは、あなたさんたちと、こうしてふたたび娑婆《しゃば》でお目にかかれようとは思っていなかったよ。ふふふ、お互さまに、悪運がつよいというわけだね。なあ黒川ニセ団長」
トラ十は、黒川のことをつかまえて、ニセ団長などと、いやなことをいった。
その黒川は、石段の端のところで、小さくなってふるえていた。
「おう、黒川ニセ団長。さっそくこっちの用事をいうが、お前、きょうここへ持って来たものを、さっさと出してしまえ」
トラ十は、命令するようにいった。
黒川は、それをきいて、けげんな顔。
「えっ、持って来たものを出せというが、なにを出すのかね。わしはなにも持ってこないよ」
「なんだ、なにも持ってないって、この野郎、かくすと承知しないぞ。たしかに持って来たものがあるはずだ」
「そんなものはありません。持ってきたというなら、その品物の名をいってください」
「お前は、剛情《ごうじょう》だな」とトラ十はいって、こんどは房枝の方に向き、「おい房枝、お前はいい子だから、かくさずにいうだろう。おれにあまり手あらなことをさせないのが、かしこいのだぞ、さあ、持ってきたものを出せ」
「トラ十さん。あんたはなに
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