土岐健助は、初めて愕然《がくぜん》と声をあげた。そして、おずおずとお由の硬張《こわば》った腕を持ったが、勿論《もちろん》脈《みゃく》は切れていた。
「国ちゃん、一寸胸を開けて」
青年が力一杯襟をはだけるのを待って、土岐は心持ち顔を赤らめながら、お由の乳房の下へぴたりと耳を押しつけて見た。少しの鼓動も無い。すぐに眼瞼《まぶた》をひらいて見たが、瞳孔《どうこう》はもう力なく開き切っていた。
「死んでいる。もう全く呼吸が無くなっているんだ」
「大変なことになったな――でも、どうして死んだんでしょう」
「どうしてって君、君は今までどうしていたんだい?」
そう聞かれると、さすがに青年は此の年輩《ねんぱい》の技手に対して、赤い顔をした。が、何《いず》れにしても今の場合土岐の力を借りるより外、この気の弱い青年には縋るものが無かったので、前後も無く早口にこう話し出した。
――宵《よい》の灯《あかり》が点くと間もなく、お由は何時《いつ》もの通り裏梯子《うらばしご》から、山名国太郎《やまなくにたろう》が間借りをしている二階へ上って来たのであった。
「今夜はね、根岸《ねぎし》の里《さと》へ行って来るって胡魔化《ごまか》して来たのよ。私だって、たまにはゆっくり泊《とま》って見たいもの。――大丈夫よ。まさか親分だって、そんなに女房を疑っちゃ、お爺《じい》さんの癖に外聞が悪いもの。かまうもんか、知れたら知れた時の事さ」
妖婦《ようふ》気取りのお由は、国太郎にぴったり寄添いながら非常に嬉しそうであった。そして散々この気の弱い青年をいじめぬいて、少しも側から離そうとはしなかったが、つい先刻《さっき》になって不図《ふと》気が変ってしまった。
「矢《や》っ張《ぱ》り私、帰った方が好《い》いわ。あんた怒りゃしないわね。又来るには泊らない方が出好いもの、ね」
「だってもう十二時過ぎだぜ」
「怖《こわ》かあないわ。こう見えたって白蛇のお由さんだもの。夜道なんか平気よ」
「じゃ、其処《そこ》まで送って行こう」
「無論だわよ」
お由はまだ国太郎に絡《から》み纏《まつわ》りながら、裏梯子から表へ出た。が、塀を一つ曲って此処まで来ると、
「あら、私紙入れを置いて来ちゃった。ほら、先刻《さっき》帯を解いた時、一寸本箱の上へ置いたのよ。あんたが悪いんだから、いそいで取って来てよ」
お由は国太郎の胸を肩で小突
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