ろうばい》しながら四辺《あたり》を憚《はばか》っていた。
「おう」くるりと振返った技手は、
「国ちゃんか、なんだい?」と、何気《なにげ》なく配電盤を離れた。
「あの、一寸来てくれませんか、何《ど》うも可笑《おか》しいんです。お由《よし》が仆《たお》れちゃって」
 青年は一途《いちず》に救いを求めるような、混乱した表情を見せなから、乾《ひ》からびた言葉をぐっと呑みこんだ。
「お由――」
「ええ、仆れちゃったきり、どうしても起きないんです。困ってしまってね」
 土岐|健助《けんすけ》は濃い眉を寄せてチラリと窓の方を眺めた。
「弱ったな、相棒《あいぼう》は起せないし――」
「ええ?」
「喜多公《きたこう》なんだよ。考えものだからね」
 さっと青年の眼は怯《おび》えあがった。
「ま、この儘にして置いて一寸行って見よう。何処だい?」
 技手は思い返した様に、気軽に青年の肩を押しながら裏口へ出た。乏しい軒灯《けんとう》がぽつんぽつんと闇に包まれている狭い露路《ろじ》を、忍ぶように押黙って二十歩ばかり行くと、
「土岐さん、此処《ここ》!」と、青年は立止って道を指した。
 顔を地につけるようにして見ると、仰向《あおむ》きになった、銀杏《ぎんなん》のようなお由の円い顔が直ぐ目についた。頸《くび》から、はだけた胸のあたりまで、日頃自慢にしていた「白蛇《しろへび》」のような肌が、夜眼にもくっきりと浮いている。のけぞっているので、髷《まげ》は頭の下に圧しつぶされ、赤い手絡《てがら》が耳朶《みみたぶ》のうしろからはみ出していた。
「お由、お由!」
 青年は憚るように声を殺して呼びながら、強く女を揺ぶったが、ぐったりと身動きもしなかった。彼は前にも幾度かそうして見たのであったが、もう一度機械的に黒繻子《くろじゅす》の襟《えり》を引き開け、奇蹟にでも縋《すが》るようにぐっと胸へ手を差し入れた。直ぐにむっちりと弾力のある乳房が手に触れたが、その胸にはもう、彼を散々悩ましたあの灼《や》けつくような熱は無く、わずかに冷めて行くほの温味《あたたかみ》しか感じられなかった。心臓は?(ほら、こんなにね)と、よく彼の手を持って行っては、その強い躍動を示して笑った心臓も、パタリと止ってしまっている。
「ああ、心臓が止っている――」
「なに、心臓が!」
 ぼんやり中腰《ちゅうごし》になってお由の白い顔を眺めていた
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