べ室では、極度に緊張しきった吉蔵の訊問が続行されていた。然し彼は何処までも犯人は自分で無いと主張するのである。
「あっしはあの晩、玉の井へ行ったって事を申し上げましたが、実はお由と喜多公のことが気になって、寺島《てらじま》の喜多公の家へ様子を見に行ったんです。しかし、お由は愚《おろ》か喜多公も家にはいないらしいんで、それでは他所《よそ》で密会をしていやあがるんだと思い、白鬚橋を橋場の方へ戻って来ました。其時ふとこいつあ千住の方にいるんじゃないかと思ったんで、変電所へ踏込む積りで、橋の袂《たもと》を右へ、隅田《すみだ》駅への抜道をとりました。多分二時を少し廻った時刻でしたが、すると彼処《あそこ》に御存知の様に、何んとか言う情事《いろごと》の祠《ほこら》があるんで、そいつを一寸|拝《おが》んで行く気になったんです。そして、序《ついで》に小便をしようと思って、祠の裏手へ廻ると、其処でお由の死骸を見附けてしまったんで、あっしはびっくりしてしまいました。――旦那の前ですが、あの女には一寸変ったところがありましてね、詰り痛い目に会わされると喜ぶ様な性質《たち》なんでさ。だから、よくあっしに、そんなにお前さん妾《わたし》のことが心配なら、いっそ腕を切るなり耳を落すなりして置きゃいいじゃないか、どうせ妾はお前さんの物なんだからって、よく言っていたんです。それが本気なんだから驚くじゃありませんか。そいつをあっしはあの晩お由の屍体を見るなり思い出したんで、――こうして置けば厭《いや》でも灰にしてしまわなけりゃならねえ、そうすればもう二度とこの綺麗な手足は自分の物で無くなってしまうんだと思うと、へッへ、まあそんな気持からあっしは大急ぎで家へ取って返し、腕と脚を貰ったという訳なんです。仕事は血が飛ばねえように、あの小川の中でやりました。――あっしのやったのは只これだけで、お由を殺した犯人についちゃ、あっしだって判りゃとっくに殺しちまいまさあ……」
然し主任に取っては、吉蔵が屍体を損壊したのも一時脱《いちじのが》れの口実を作る手段と思えぬことも無かった。
この問題のお由の両腕と両脚は、大学の法医学教室に廻されて、熱心に犯行事実を研究されていた。その結果、吉蔵の申し立てた切断方法が肯定された以外に、不思議な傷口が別に四ヶ所発見されたのであった。第一は左手の拇指《おやゆび》と人差指《ひとさし
前へ
次へ
全14ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング