らいって、喜多公は親分の方より嫌疑が薄くなる訳で、一先《ひとま》ず彼も釈放されることになった。
 警察では他に誰も容疑者として拘引しておらず、この事件はわりに無雑作に放置されている如く見えていたが、其の実捜索は八方に拡がっていて、少しでも怪しいと睨《にら》んだ者には必ず刑事が尾行していたのである。然しお由の死後七日までは、これぞと思う手懸《てがか》りは何等得ることが出来ずにいた。
 すると八日目になって、初めて新しい二つの報告が集って来た。一つは、あの日以来吉蔵の店では冷蔵庫へ入れる氷を五貫目ずつ余計使っている事実、一つは、あの日を境にして失踪《しっそう》した者の一覧表の中から、山名国太郎という大学生がお由に似た年頃の婦人を自室に引き入れている所を一二度見た者があるという報告であった。
 お由事件の為に特設された捜索本部は、この二つの報告に色めき立って、主任は直ちに吉蔵の店へ警察を向ける一方、山名国太郎の行方を八方に捜索させた。
 吉蔵は警官の臨検《りんけん》に大小三個の冷蔵庫を直ぐ開いて見せた上、氷の消費量増加については、
「何にしろもうこんな陽気ですから、氷だって段々|殖《ふ》える一方でさあ」と、軽く説明した。然し主任がその位の説明で満足する筈はなく、当分夜の間刑事を吉蔵の店の床下に張り込ませて、何処までも事件の端緒《たんちょ》を掴《つか》むようにと手配した。
 一方山名国太郎の失踪については、喜多公を変電所へ張って行った刑事から、偶然《ぐうぜん》手懸りがついた。というのは、変電所主任土岐健助宛の無名の手紙から足がつき、スタンプの消印で栃木県《とちぎけん》今市《いまいち》附近に国太郎が潜伏《せんぷく》していると判ったのである。
 いよいよ国太郎が逮捕されたとなると、事件は、何う展開するであろう。国太郎とお由の密会には証人がある事だし、あの夜土岐技手が現場《げんじょう》へ呼ばれた時には、既にお由は死んでいたのだから、国太郎がこの他殺に全然無関係であるという事は説明出来まい。同時にお由の屍体遺棄が明らかになるので、土岐技手にも嫌疑の余地が出て来る。其の夜の勤務は土岐一人で他に証人が無いのだから、国太郎の言う通りお由が露路に一人でいたとすれば、其の間に健助がお由を襲うことも出来たのである。
 こうして殺人犯人の嫌疑者は四人となった。
 其の翌日の夕方、山名国太郎は今市
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