相場で僕が何倍かの大金を儲《もう》けたら、僕はなにをするつもりだったか、あなたにお分りですか」
宮川は、矢部の激しい語気《ごき》におされて、うしろへ身をひきながら、
「さあ、僕には、君がそのような大金をなんに使うつもりだったか分らないねえ」
とこたえた。すると矢部は、ぎりぎりと歯ぎしりをして叫んだのであった。
「ぼ、僕は、あなたに売った脳を買い戻したかったんだ。売った値段の二倍でも三倍でもなげ出すつもりだったんだ。だが、とうとう僕は失敗した。でも、いつか僕は、あなたの頭蓋骨《ずがいこつ》の中から、きっと僕の脳を買い戻してみせる!」
ベンチのうえに真青《まっさお》になった宮川を尻眼にかけて、怪青年矢部はすたすたと足早に、向うに立ち去った。
禁断《きんだん》の女
ひとりになった宮川は、あらためて戦慄《せんりつ》の復習をやった。
なんというおそろしい男だろう。
一旦自分の脳を売っておきながら、その金で相場をやって、儲かればその金で、自分の脳を買い戻そうというのだった。
買い戻すといっても、彼の脳は、いまはちゃんと他人の脳室に入っているのである。いくら金を積んでも、いやだといったら、彼矢部は一体どうするつもりだろうか。
暴力か? あの権幕《けんまく》では、腕ずくで、持ってゆくかもしれない。暴力ならば、たとえ金がなくても実行ができるのだ。
(これはたいへんなことになった!)
と、宮川はぶるぶるとふるえた。
彼は、もう立ってもいてもいられなかった。そこで街をとおりかかるタクシーを呼びとめると、助けを乞うために、黒木博士の病院にとかけつけた。
「なあんだ、そのことですか。別に心配することはないですよ」
博士は、すこぶる落付いたものであった。
「ねえ、宮川さん。こういうことを考えたらいいではありませんか。たとえ矢部という男が百万の金を儂《わし》の前に積んだとしても、儂が手術を断《ことわ》れば、それでどうにも仕方がないではないですか」
「それは本当ですか、博士」と宮川はおもわず博士の手を握りしめたが、「だが、あの男は暴力でもって、私の頭蓋骨をひらいて脳をとりかえすかもしれません」
「いくら暴力をふるおうと、脳の手術の出来るのは、自慢でいうじゃないが、この儂一人なんだから、儂がいやだといえば、矢部がいくら騒いでも何にもならんではないですか」
「そうで
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