らととりとめもないことを喋《しゃべ》った。
宮川には、矢部のいうことが腑《ふ》におちないながらも気の毒になって、彼に金をやることにした。
矢部は、紙幣《さつ》をありがたそうに頂《いただ》いて、ポケットにおさめたが、そのあとで訴えるような目つきでいったことである。
「全くの話が、金に困って居らなければ――いや、美枝子という女を知らなかったら、僕の脳の一部を売ったりはしなかったんですよ。あんまりいい値段だったもんで、つい黒木博士のさそいにのっちまったんです」
宮川は、今やしみじみと、一年間の入院のあとをふりかえらずにはいられなかった。自分がこうして再生して、全快するまでには、こうした大きな犠牲もあったのであるか。前代未聞《ぜんだいみもん》の脳の売買だ。黒木博士は、やりもやった。またこの矢部青年も、よく売ったものである。
「一体、君はどの位の値段で、脳の一部とかを博士に売ったのですか」
「それは――」といいかけて、矢部は俄《にわか》に口をつぐんだ。そして悲しげな顔になって、「それは云うのをよしましょう。とにかく莫大《ばくだい》な金でした。大きな土地を買って、りっぱな邸宅をたてることができるくらいの金でした」
宮川は、脳の一部の値段が、そんなに高いものかと、聞いておどろいた。矢部の口ぶりからすれば、すくなくとも五六万円らしい。それだのに、彼は一年たつかたたないうちにその莫大な金を使いはたし、いまたった五十円の金に困って無心をしているのだ。なんとかいう女のためとはいえ、あまりにもはげしい金の使い方だった。宮川は、その点に不審をおこした。矢部のいうことは嘘言《うそ》ではないか。
「いいえ、うそではありません。たしかにそれくらいの金は握ったんです。それをどうして使ってしまったというのですか。それはですね」と矢部は宮川の方へ顔を近づけていった。「相場《そうば》をやったのですよ。相場ですっかりすってしまったのです」
「それは乱暴だな。自分の脳を売った金で、相場をやるなんて。そのなんとかいう君の愛人にだって、気の毒な話じゃありませんか」
宮川も、つい抗議めいたことをいいたくなっていった。
すると矢部青年は、首を左右にふって、灼《や》けつくような視線を宮川の面《おもて》に送って云うには、
「乱暴かもしれません。たしかに僕は相場で失敗したのですからね。ですけれど宮川さん。もしも
前へ
次へ
全16ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング