酔境《とうすいきょう》といったものは、彼にとって、ちょっと金で買えない娯《たの》しみであったのだ。
陽吉の行きつけの風呂は、ちゃんと向井湯《むかいゆ》という屋号《やごう》があった。が、近頃|大流行《だいりゅうこう》の電気風呂を取りつけてあるところから、一般に電気風呂と称《よ》ばれていた。
「電気風呂はよく温《あったま》るね」などと、とにかく珍しもの好きの人気を博することは非常なものであったが、その反対に、入るとピリピリと感電するのを気味悪《きみわる》がる人々は、それを嫌って、わざわざ遠廻りしてまで他所《よそ》の風呂へ行くといった様に、勢《いきお》い、それは好《す》き好《ず》きのことではあるけれど、噂で持ちきっていたものである。
では、陽吉はどうかというと、決してその電気風呂が好きというのではなかった。ただ、元来《がんらい》無精《ぶしょう》な所から、何も近所にあるものを嫌ってまで、遠くの風呂へ行くにも及ぶまいじゃないかといった点で、別に是非《ぜひ》をつけてはいなかったのである。
尤《もっと》も、何時《いつ》であったか、彼の友人で電気技師を職としている茂生《しげお》というのと一緒に入
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