が隆々《りゅうりゅう》たる腕力に自信を置いて、樫田武平の華奢《きゃしゃ》な頸筋《くびすじ》を締めつけようと襲いかかった。と、早くも吹矢は由蔵の咽喉笛深くグザと突刺さったのであった。――急所を殺《や》られてそのままこと断《き》れた由蔵の屍骸《しがい》を見捨てて、樫田武平は怖ろしい迄緊張した気持で変装に取かかった。かねて目論《もくろ》んで置いた通り、彼は咄嗟《とっさ》の間にも順序を忘れずに、女装の鬘を被った。
そして再び由蔵の部屋へ降りて、由蔵の着衣を脱ぎ捨てると、彼は裸体のまま右手にはフィルムの入った黒い風呂敷を提《さ》げて、大胆にも梯子を伝って釜場に降りた。そして女湯の扉口《ドアぐち》へ行こうとした、ちょうどその時彼は其処で湯屋の女房とばったり鉢合《はちあわ》せをしたのみか、ちょっと見咎《みとが》められたのであった。さすがに、これには彼もぎょっとしたが、いかにも柔い嫋々《なよなよ》しい彼の体は、充分に心の乱れた女房の眼を欺瞞《ぎまん》することに成功した。
そして、彼は、素早く女湯の扉口《ドアぐち》から中へ入って、自分が殺したお照の屍体の側を過ぎて脱衣場へやって来た。それから先、お照の着衣をつけて、下駄を穿《は》いて、何喰わぬ顔で見張りの警官にも怪しまれずに戸外へ逃走《とうそう》する迄は、難なく行われたことであった。
が、如何に緻密《ちみつ》の計画と、巧妙の変装を以てしても、白昼《はくちゅう》の非常線を女装《じょそう》で突破することは可《か》なりの冒険であった。
――樫田武平が捕縛《ほばく》されるに到ったのも、すべてこの最後の冒険に敗れたがためであった。
さて、かくして怖るべき「電気風呂」の怪死事件は、犯人の捕縛と共に一切《いっさい》闡明《せんめい》されるに到った。
やがて、あのフィルムは、警視庁へ移送されてその犯罪捜査に携《たずさわ》った一同の役人並に庁内《ちょうない》主脳者《しゅのうしゃ》の前で、たった一度だけ試写された。
が、凡《およ》そ其試写会に立会った程の人々は、期待していた若き一婦人の断末魔《だんまつま》の姿を見る代りに、ま白きタイルの浪の上に、南海の人魚の踊りとは、かくもあるかと思われるような、蠱惑《こわく》に充ちた美しいお照の肉体の游泳姿態を見せられて、いずれ物言わぬ眼に陶然《とうぜん》たる魅惑《みわく》の色を漂《ただよ》わしていたもの
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