よう》のものであった。そして、その金属の蓋の真ん中を打ち抜いて、円いセルロイドの小板が嵌《は》め込んであるものであった。が、それも矢張り血潮に染っていた。


     2


 次から次へと、意外な事件の連続と、それにも増して奇怪な事実の発見に依って、居合せた刑事連は、ひとしく驚愕《きょうがく》の眼《まなこ》を瞠《みは》った。が、誰よりも彼よりも、歯の根も合わない程|愕《おどろ》いたのは、向井湯の主人であった。
 自分の家の天井に、斯《こ》うした油断のならぬ節穴《ふしあな》があったことさえ、夢にも知らない事であったのに、その上、誰が持ち込んだものか、望遠鏡やら、活動写真の撮影機やら、吹矢やら、またパンの欠片《かけら》や蜜柑《みかん》の皮といった食物まで運ばれていた――など、何が何やら、彼にとって薩張《さっぱ》り訳の判らないことであった。しかも、日頃忠実であって、深い信頼を懸《か》けていた由蔵が、僅々《きんきん》の時間に、場所もあろうにこんな所に屍骸と化して横《よこたわ》っているとは!
 彼は、天井裏にペタンと坐ったまま、情ないのと恐怖とで涙に暮れていた。と、泣けて泣けて仕方がない程の気持の中にも、何か異常を感じたのだろう、ひょいと立上った彼は、今迄坐っていた足の下をぞろりと撫《な》でてみたのち、何かに触れて声を上げた。
「何だ何だ!」
 懐中電灯の光線が、さっと飛んで来た。刑事たちの注視が一様に其処《そこ》へ集った。
「やッ! 電線だ、こりゃ電線だぜ!」
 主人は、一条の細い電線の上に坐っていたのだ。それが足の肉に喰い込んでいた痛みが偶然発見をもたらしたのである。
「電線!」という声に、一同は先刻《さっき》の感電騒ぎのあったことを思い出した。そうだ、井神陽吉が男湯の中で感電して卒倒《そっとう》した事件は、今の今迄、恐らく皆の脳裡《のうり》から忘却《ぼうきゃく》されていたのであろう。それほど、一同は異常に狎《な》れていた。それを今、電線の発見から、再び一同の頭には関係づけられて考えられて来た。
 赤羽主任は、つかつかとその電線の所在箇所《しょざいかしょ》に近寄って色々と調べてみた。と、それは蝋引《ろうび》きのベル用の電線で、この天井裏を匍《は》い廻っている電灯会社の第四種電線とは、全然別種のものであることが判明した。又、それは大して古いものではないという様なことも判
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