った時、ひょいとした感じで、ちょっと不安を覚《おぼ》えたので、訊《たず》ねてみたことがあった。
「どうだい、この電気風呂って奴は、入浴中に人間が死ぬ様なことはないものかね?」
 すると、茂生は、何か他のことでも考えていたのか、はっとした様な態度で、しかしこう答えたものだ。
「さあ、大体大丈夫だがね、しかしどうかした拍子で電気が強くなると、心臓をやられることもあるだろうね。人間の中でも電気に感じ易《やす》い人と、感じの鈍《にぶ》い人とあるものだからね。同じ人間でも身体の調子によって、感じ易い日と、感じにくい日とがあるものだよ。とにかく、疲れ過ぎたり、昂奮《こうふん》していたり、酒を呑んでいたりして心臓が弱っている時には、電気風呂など止《や》めた方がいいよ。そりゃ普通はそんなこと滅《めっ》たに、いや絶対といってもいい位、ありゃしないがね。また死ぬかも知れないような危険なものを、許可しとく筈があるまいじゃないか、まあ、安心していいだろうよ」と。――
 だから、今日も、彼は例日《いつも》のように、いや、むしろ今日は進んでこの電気風呂へやって来たのだった。というのは、前夜、銀座あたりを晩《おそ》くまでのそのそとほっつき歩いた疲労《つかれ》から、睡眠《ねむり》も思ったより貪《むさぼ》り過ぎたためか、妙に今朝の寝醒《ねざ》めはどんよりとしていたので、匆々《そうそう》タオルと石鹸を持って飛び込んで来たのだった。
 めっきり、暖い午前なので、浴室には何時ものように水蒸気も立ち罩《こ》めてはいなかった。
 よっちゃんと呼ばれる風呂屋の由蔵《よしぞう》が、誰かの背中を流しながらちょっと挨拶した。陽吉は黙って石鹸と流《なが》し札《ふだ》を桶《おけ》の上に置いて湯槽の横手へ廻った。浴客は皆で四人、学生らしいのが湯槽に漬《つか》っているだけで、あとはそれぞれ流し場でごしごしと石鹸を使っていた。由蔵が流してやっている老人が、いかにも心地好《ここちよ》さそうに眼を細くしてされるがままに肩を上下に振っている。全くのんびりとした昼湯の気分が漲《みなぎ》っていた。
 陽吉は、そうした気分を未だ充分に感じられずに、ひょいと手拭を湯槽に浸《ひた》した。と、ピリピリといやに強い感覚、頸動脈《けいどうみゃく》へドキンと大きい衝動が伝《つたわ》った。何となく心臓の動悸《どうき》も不整《ふせい》だな、と思いながらも
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