いじゃないの、オーさんッ」と、尻上りの黄色い声を浴びせかけられていたものさ。この岩田の京ぼん[#「ぼん」に傍点]、本名《ほんみょう》京四郎というのは、カフェ・ネオンから一丁ほど先にある電気商の若主人で、ネオンの新築当時、電燈や電熱器の配線工事をやった関係があって、それからこっち、客になってはウイスキーを舐《な》めに来たり、また出入《でいり》の電気屋として配電の拡張《かくちょう》工事や、問題のネオン・サインの電気看板の取付けにやって来たりなどして、どっちかと言うとカフェ・ネオンの特別客というわけだった。尤《もっと》も若い男のことだから、美しい女給の誰かにお思召《ぼしめし》のあったらしいことは言うだけ野暮《やぼ》である。話がどうやら脱線の模様だが、京ぼん[#「ぼん」に傍点]に電気で殺して貰えなどと言われると、岡安先生は眼を一ぱい見開いたまま、一同から身を遠ざけるために、隅っこの羽目板《はめいた》へペタンと身体をへばりつけてしまう。そのとき春ちゃんが「ホラ懐中電燈! ホラ、電気よ!」と言って岡安の横腹を、ちょいと突《つ》っつくと彼はキャッと言うような声をあげて三尺ばかり飛び上る、その恰好がとても面白いというので、春ちゃんが、退屈さましにときどき用いる。外《ほか》の女給も人の悪いのばかりで、めいめいの客をほったらかして置いてわざわざこれを見に来るという騒ぎさ。その騒ぎが大きくなりすぎたと思われる頃になると、鈴江という半玉《はんぎょく》みたいな女給が青い顔をして皆のところへやって来る。「あたい、気味がわるいから、キャッキャッ言わせるの、よしてよ」そういうと春ちゃんが、鈴江をぎゅっと睨《にら》んで、何か呶鳴《どな》りたいらしいんだが、そいつをモグモグと口の中に押しかえして黙っちまう。この気配《けはい》に一同もくさっちゃってそれぞれ元の客席へ退散という段取りになるのが例だった。この光景を、見ていて見ていないふりをしている奴に、カウンター兼給仕長の圭さんというのが居る。これは本名を鳥居圭三《とりいけいぞう》という三十五にもなる男でカフェ・ネオンの現業員《げんぎょういん》の中でも最年長者なのだ。こいつは、内々《ないない》春ちゃんに気があるらしい。もっとも春ちゃんはネオンのプリマドンナだから、お客といわず、従業員といわず、なんとかなるものなら是非一度は桃色のチャンスを持ちたいものをと願
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