んけい》に結びつけてしまった。第三の惨劇《さんげき》もコックの春吉の手で行われたが、それは鈴江への脅迫材料になると共に、又自分の重荷《おもに》にもなってしまった。二人はお互《たがい》の行動について極度の注意を払った。一方が、その筋へ一方を訴えて死刑台へ送れば、次の日には自分も必ず捉《とら》えられて死刑台へ送られねばならなかったのである。二人は、別々に、この点について理解し、相手から脱《のが》れる方法に苦心し合った。その結論は、唯一つあった。相手の生命をとってしまうことだ。この外《ほか》に、生きる途《みち》はないと知った彼等は、お互に相手の隙《すき》を覘《ねら》い合った。だが第三の惨劇で、いよいよこれ迄の犯跡《はんせき》が曝露《ばくろ》しそうになったのをみてとった彼等二人は、朝の太陽が東の地平線から顔を出す前にこのカフェから手をたづさえて遁走《とんそう》してしまったのである。いや、この市街から永遠に去って行ったのである。敵《かたき》同士の不思議な旅が始まった。怪奇に充ちた生活がはじまった。彼等は、外《ほか》から見れば、羨《うらやま》しいほど仲のよい、そして慎《つつし》みのある若い男と女とであった。しかし人目を離れて二人っきりの世界になると、慎恚《しんい》[#「慎恚《しんい》」はママ]のほむらは天に冲《ちゅう》するかと思われ、相手の兇手《きょうしゅ》から脱れるために警戒の神経を注射針のように尖《とが》らせた。若い彼等二人は、仲睦《なかむつま》じそうに、一つ蒲団に抱き合って寝た。相手の腕が自分の肢態《したい》にしっかり、からみついている間は、安心して睡った。
「剣を抱《いだ》いて寝る」
と春吉は在る夜ふとそうした文句を口の中で言ってみた。彼は只今の生活に、彼のあらゆる精力と神経とを消耗《しょうもう》しつくしていた。恐ろしい生活、しかし今日までさまざまの享楽《きょうらく》を求めてきた身にとって、一面に於て、これほど異常なエクスタシーを与えてくれるものはなかった。これほど生命の価値を感じたことはなかった。これほど神を想ったことはなかったのである。
「『剣を抱いて寝る』といったわね」機嫌のわるいと思っていた鈴江が、細い声で彼の耳元にしずかに囁《ささや》いた。鈴江の顔の下に重《かさな》っていた彼の頬に、ポタリポタリと、なま暖いものが落ちて来てくすぐるかのように、彼の唇の下をとお
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