ておきの話をするが、実はカフェ・ネオンの惨劇《さんげき》の犯人と目される春吉と鈴江の関係について、僕が知っていることがある。鈴江は自分の惚《ほ》れている岡安と情人《じょうじん》たる春江とのよい仲に極度《きょくど》の嫉妬《しっと》をおこし、二人の逢瀬《おうせ》が度々《たびたび》屋根裏の物置で行われているのを知ったもので、とうとうたまりかねて、春江を殺す決心をした。彼女はだれにも洩《も》らさなかったが昔、××電気会社で高圧係の女工だった関係で電気の取扱い方を知っていたので、それを利用したというわけだ。兇行前《きょうこうぜん》、同室に熟睡中の同僚を麻睡薬《ますいやく》を嗅《か》がせてよく睡らせてしまい、兇行後には自分もみずからこの薬の力を借りて熟睡に陥り巧みにみんなの眼をごまかしていたものである。
 コックの春吉は、実は殺された春江の従兄《いとこ》にあたる男だが、その関係を隠してカフェ・ネオンにやとわれていた。春江が鈴江に覘《ねら》われていることを感付いてはいたが、とうとう彼の注意の届かないうちに春江は殺されてしまった。鈴江は春江を殺しただけではなく、春江の情人《じょうじん》たる岡安を完全に手に入れ、岡安も春江のことなどを忘れてしまったかのように鈴江と喃々喋々《なんなんちょうちょう》の態度をとった。それでコックの春吉はすっかり憤慨《ふんがい》し、この復讐《ふくしゅう》を計画したわけなのだ。彼は元々《もともと》、極端な享楽児《きょうらくじ》で、趣味のために、いろいろな職業を選び、転々《てんてん》として漂泊《さすらい》をした。その間にも電気の職工にもなって高圧電気の取扱いも知っていた。更にわるいことは、従妹《いとこ》の春江の感電死に遭《あ》ったために、彼の享楽主義は、怪奇趣味にめらめらと燃え上った。復讐手段としては、鈴江を直ちに殺さずに鈴江のやったと同じ手段で、次から次へと若い女を殺して行き、だんだんと嫌疑が鈴江の方に向いて来るような途《みち》をとらせ、思う存分《ぞんぶん》、鈴江を脅迫し恐怖させた上で、最後に惨殺《ざんさつ》してやろうと思ったのである。ところが、その手はじめとしてふみ子を殺してみると、鈴江はたちまち犯人が彼であることを感付いてしまった。二人は睨《にら》み合《あ》いの状態となり、お互《たがい》に持つ兇状《きょうじょう》は、二人を奇怪きわまる共軛関係《きょうやくか
前へ 次へ
全18ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング