じゃ。お前は血迷ったか」
「では、やはり、私は、それを申上げない方が、よろしゅうございました」
「な、なんという」
 大総督の顔から、笑いの影が消えた。彼は、急に、頭を手でおさえた。
「おい、ハヤブサ、早くいえ。なぜ、早く、その先を説明しないか」
「はい、申上げます。失礼ながら、トマト姫さまは、実に恐るべき魔力をお持ちであります。この前、キンギン国の女大使ゴールド女史が、精巧な秘密無電機を仕掛けた偽眼《ぎがん》を嵌《は》めて居ることを発見なされたのも、そのトマト姫さまでございました。そのとき以来、私は、トマト姫さまの御行動を、それとなく監視――いや御注意申上げていましたところ、かずかずのふしぎなことがございました」
「ふしぎ? そのふしぎとは、何だ。早く、先をいえ」
「或る日のこと、姫のお後について、州立科学研究所の廊下を歩いていますと……」
「おいおい、わしの姫が、そんなところを歩くものか、いい加減なことをいうな」
「いえ、事実でございます。――ところが、部屋の中で、所員の愕くこえを耳にいたしました。“あっ、計器の指針がとんでしまった、なぜだろう”」
「なんだ、それは……」
「つまり、とつぜん計器に、大きな電流が流れたため、指針がつよく廻《まわ》って折れてしまったのであります。そういう出来事が、姫のお通りになる道で四、五回も起りました。全く、ふしぎなことでございますなあ」
 姫と計器の指針との間に何の関係があるのであろうか。


   監視哨《かんししょう》

 マイカ地下大要塞の、陸門は、サン市のデパート、サンサンと、地下鉄の入口との二つであった。また、その海門は、北方海岸一帯であった。それ以外に、このマイカ地下要塞の出入口は、どこにもないのであった。これくらい、堅固で安全な要塞は、他にない。なにしろキンギン国では、世界の富の十分の一にあたるという巨大な費用をかけて、この大要塞を作りあげたのであった。
「一体、敵は、どこまで攻めて来たのかね」
「もう十|哩《マイル》向うまで来ているそうだ。もの凄い戦闘部隊だということだぞ」
 マイカ要塞の監視哨が交代になる時間であった。
「この望遠鏡で見ても、なんにも見えないではないか」
「望遠鏡で見ても、見える道理がないよ。敵軍は、空中を飛んでいるのじゃないのだ」
「えっ、空襲じゃないのか」
「うむ、潜水艦隊らしい。太青洋の水面下を、まっしぐらに、こっちへ進んでくる様子だ」
「潜水艦なんぞ、おそれることはないじゃないか」
「それはそうだ。だが、そいつは、潜水艦にはちがいないが妙な形をしている奴ばかりで、姿を見たばかりで、気持がわるくなると、さっき、将校が、わが隊長に話をしていたぜ」
「で、こっちは、どうするのか。わがキンギン国の潜水艦隊は全滅だそうだし、他の水上艦隊は、みんなイネ州の海岸へいってしまったし、一体、どうするつもりかね」
「さあ、おいらは司令官じゃないから、どうするか、知らないや。多分、海中電気砲で、敵を撃退するのじゃないかなあ」
「ふん、海中電気砲か。あれは、このキンギン国軍の御自慢ものだが、こうなってみると、なんだか心細いなあ」
「くだらんことをいわないで、さあ、交代だ。あとを頼むよ」
 監視哨の兵は、そこで部署を交代した。
 空中方面には、更に敵の近づいた様子がないので、彼は、むしろ海中からの危機のことを心配し、空中のことを心配しないでいた。
 ところが、それから一分間ほどたった後、この監視哨は、顔の色をかえて測距儀《そっきょぎ》にすがりつかねばならなかった。それは、とつぜん空中に、どこから湧《わ》いたか、すばらしい金色の翼を張った超重爆撃機が数百機、頭上に姿をあらわしたのであった。
「ああ、あれは……」
 その超重爆撃機は、まるで、戦艦に翼が生えたような怪奇きわまる姿をもっていた。
「敵機だ。大空襲だ!」
 監視哨は、ようやく、吾《わ》れにかえって、警報釦《けいほうボタン》を圧《お》し、そして口ごもりながら電話で報告をした。
 高射砲が、砲撃をはじめたのは、それからわずか三分のちのことだったが敵機は、それまでに、既に数百の爆弾を翼下から地上に向け切りはなしていた。
 爆煙は濛々《もうもう》として、天日を蔽《おお》った。土は、空中高くはね上り、樹木は裂け飛び、道路には大きな穴が明いた。
 だが、被害は、まずそれだけであった。十数名の兵士が、死傷したのが、キンギン国軍にとって、最も大きな痛手であった程度で、地下にあるマイカ大要塞の防禦力は微動だにしなかった。
 そのうえ、高射砲の砲弾は、刻一刻猛烈さを加えていった。鳩一羽さえ、通さないぞといったような、地上からの完全弾薬は、いかに敵の空襲部隊が精鋭であっても、これ以上キンギン国の領土内に侵入することを許さなかった。それは、刻々に証明されてきたようである。というのは、敵機は、急にスピードを失って、一機また一機、降下を始めたのであった。
「ああ、敵機撃墜だ。わが防空陣地の勝利だ!」
 と、地上にわずかに砲口を見せている高射砲部隊は喊声《かんせい》をあげた。
 地底深き司令部には、ラック大将が、テレビジョンによって、この戦闘の模様を、手に汗を握って観戦していたが、このとき、高射砲部隊からの報告が届いた。
“――わが高射砲部隊は、敵機五十八機を撃墜せり。尚《なお》引続き猛射中”
 だが、ラック大将は、別に嬉《うれ》しそうな顔もせず、傍の参謀に話しかけた。
「おい、高射砲部隊は、いい気になって、撃墜報告をよこしたが、それにしては敵機の様子がどうもへんではないか」
「はあ、閣下には、御不審な点がありますか」
「うん。なぜといって、敵機は、火焔《かえん》に包まれているわけでもなく、むしろ悠々と地上へ降下姿勢をとっているといった方が、相応《ふさ》わしいではないか」
「なるほど」
「第一、わしには、このような強力なる空襲部隊が、急にどこから現われたのか、その辺の謎が解《とけ》なくて、気持がわるいのだ。太青洋上に配置したわが監視哨は、いずれも優秀を誇る近代警備をもって、これまで、いかなる時にも、ちゃんと仮装敵機の発見に成功している。これがわがマイカ要塞空襲のわずか二分前まで、敵機襲来を報告してきた者は只一人もいないのだからなあ」
 と、ラック大将は、すこぶる腑《ふ》に落ちない面持《おももち》だった。


   覆面《ふくめん》の敵

 キンギン国の心臓にも譬《たとえ》ていいマイカ大要塞を望んで、怪しい敵の空襲部隊は、悠々と地上に舞下った。
 その頃になって、キンギン国の防空砲火が、実は敵機に対し、何の損害も与えていないことが、はっきりした。まるで、防弾衣を着た敵兵に、ピストルの弾を、どんどん浴びせかけたようなものである。下から打ち上げた高射砲弾は、奇怪にもすべて敵の超重爆撃機の機体から跳ねかえされていたのであった。後で分ったことであるが、敵機にはいずれも強磁力を利用した鉄材反発装置というものが備えてあって、地上から舞上るキンギン国側の砲弾は、機体に近づくとすべて反発されてしまったのである。そうとは知らないラック大将以下は、ただ不思議なことだと、首をひねるばかりであった。
 そのうちに、只《ただ》一本、貴重な報告が入ってきた。それは、伝書鳩が持ってきたものだった。その報告文には、次のような文句があった。
“――本日十六時、本監視哨船の前方一|哩《マイル》のところに於て、海面に波立つや、突然海面下より大型潜水艦とおぼしき艦艇現われ艦首を波上より高く空に向けたと見たる刹那《せつな》、該艦の両舷《りょうげん》より、するすると金色の翼が伸び、瞬時にして爆音を発すると共に、空中に舞上りたり。その姿を、改めて望めば、それは既に潜水艦にあらで、超重爆撃機なり。潜水飛行艦と称すべきものと思わる。司令機と思わるる一機に引続き、海面より新《あらた》に飛び出したる潜水飛行艦隊の数は、凡《およ》そ百六、七十台に及べり。本船は、これを無電にて、至急報告せんとせるも、空電|俄《にわか》に増加し本部との連絡不可能につき、已《や》むなく鳩便《はとびん》を以て報告す”
 潜水飛行艦隊!
 ラック大将以下は、このおどろくべき報告に接して、さっと顔色をかえた。
 この報告により、ラック大将の謎とした事情はようやく分りかけたのであった。
 キンギン国の遠征潜水艦隊が途中において爆破撃沈されてのち、反《かえ》って、敵の潜水艦隊数百隻が、キンギン国の領海に向けて攻めこんできたが、この潜水艦こそ、只の潜水艦ではなかったのだ。実は、おそるべき性能をもった潜水飛行艦だったのである。
 監視哨からの無電報告が、一つとして、本部に届かなかったのは、鳩便がつたえてきたとおり敵軍が無電通信を妨害するため空中|擾乱《じょうらん》を起す電波を発明したのにちがいない。
 ラック大将は、もうその場に居たたまらないという風に、椅子から立ち上った。
「こう易々《やすやす》と、敵軍のため、自国領土内へ侵入されるなんて、予想もしなかったことだ。わがスパイ局の連中は、一体なにをしていたのだろう。アカグマ国に、こうした優秀な艦艇がありそしてわがキンギン国へ攻めこむほどの積極作戦があるとは、これまでに一度も報告に接していない。全く、皆、なっていない!」
 このとき、一人の参謀が、大将の前に、すすみ出て、
「閣下。監視哨からの電話報告が入りました。敵機は、いよいよ着陸を始めたそうであります。その地点は、八四二区です。その真下には、このマイカ大要塞の発電所があるのですが、敵は、それを考えに入れているのであるかどうか、判明しませんが、とにかく気がかりでなりません」
「なに、八四二区か。ふむ、それは本当に油断がならないぞ。敵機が着陸したら、直《すぐ》に毒瓦斯《どくガス》部隊で取り囲んで、敵を殲滅《せんめつ》してしまえ」
「は」
 ラック大将の命令一下、マイカ防衛兵団は、全力をあげて、かの大胆な侵入部隊に立ち向った。
 毒瓦斯部隊が、もちろん先頭に出て、盛んに瓦斯弾を、敵のまわりに撃ちこんだ。また飛行機を飛ばして、空中からも、靡爛瓦斯《びらんガス》を撒《ま》き散らした。こうすることによって、まるで、なめくじの上に、塩の山を築いたようなもので、敵は全く進退|谷《きわ》まり、そしてあと四、五分のうちに殲滅されてしまうものと思われ、キンギン国軍は、やっと愁眉《しゅうび》をひらいたのであった。
 ラック大将は、その後の快報を、待ち佗《わび》ていた。もう快報の到着する頃であると思うのに、前線からは、何の便りもなかった。大将は、一旦《いったん》捨てた心配を、またまた取り戻さねばならぬようなこととなった。
 それから間もなく、前線からは、戦況報告が入ってきた。待ちに待った報告であった。だがその報告の内容は、キンギン国にとって、あまり香《かんば》しいものではなかった。
“――敵兵は、毒瓦斯に包まれつつ、平然として、陣地構築らしきことを継続しつつあり。尚《なお》敵兵は、いずれも堅固なる甲冑《かっちゅう》を着て居って、何《いず》れの国籍の兵なるや、判断しがたし”
「甲冑を着して居って、国籍不明? ふーむ、これは奇怪千万!」
 ラック大将は、呻《うな》った。


   大団円

 潜水飛行艦隊は、キンギン国都マイカ市上の八四二区の地上に集結して、盛んに機械を組立てていた。
 その機械というのは、ばらばらの部分に分けて、各艦が積んでいたもので今それを一つに組立てているのであった。見る見るうちに、それは大きな発電機のような形になっていった。
 そこに立ち働いている兵士たちの姿をみれば、甲胃を着ているという報告があったとおり、いずれも重い深海の潜水服のようなものを着ていた。それは、アカグマ国の第一岬要塞へ攻めこんだあの謎の部隊と、全く同一の服装をしていたのである。
 そういえば、彼等の乗って来た潜水飛行艦の胴には、骸骨《がいこつ》のマークがついている。それは、第一岬要塞の戦闘がすんで、アカグマ国軍が敗退したとき要塞の上高く掲げられた敵軍の旗と
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